見出し画像

【随筆】危ない奴

 小中学生の頃、友達に研磨の会社を経営している家の子がいた。少しだけ所謂オタク気質で、色の薄い猫ッ毛だった。この友達は空手を習っていたが、その所為もあったのか、ちょっと戯れにからかわれると忽ち豹変してよく人を殴った。普段はニコついているだけに、その変りっぷりには皆が肝を冷やしたものである。体は小さくむっちりとしていた。親友に選ばれるというタイプではなかったようである。しかし僕らがギターを持ってある友達の家に溜まっていると、どこからともなくよく現れた。そして昼時にもなれば彼は輝きだして言うのである。

「みんな、マクド奢ったるで。何がいい?」

 無邪気な僕らは、ラッキー! とばかりに腹を盛大に鳴らした。ある時はマクドナルド、またある時は弁当と、とにかく羽振りがよかった。社会の仕組みに疎い僕らであったが、疎いからこそ、家が会社(実際には工場(こうば、と呼んでほしい))をしているというだけで、流石金持ちのボンボンはちゃうわ、などと思っていた。今思うと、彼の淋しい行動だったのである。

 ただやはり、キレて殴るのは頂けない。それも見境がないのだ。殴るのも拳で顔面を殴ったり、鉛筆で頭を刺したりしていた。字面は狂気であるが、しかし端からの目では狂気ではなかった。ここで、先ほどのオタク気質が効いてくるのかもしれないが、よくこんなことを言っていた。

「くっそ~、力がコントロールでけへん」

 と。漫画である。そして彼も事実、何等かの超人的なキャラクターに自分を重ねていたのである。そういえば、「これでもくらいな」というのも彼の十八番であった。つまり、狂気というよりも憧れへの没入からくる「やり過ぎ」なのだと思われる。ゲームが非常に好きらしく、当時ストリートファイターⅡが流行っていたが、そのシリーズのなかに豪鬼というキャラクターがいた。豪鬼は瞬獄殺という必殺技があり、打撃を乱れ撃つという設定である。ある日、彼は中学校の廊下で、雑巾を絞っている男の子に、彼流の瞬獄殺をくり出したのである。それはもう殴る蹴るの応酬で、雑巾の子はうずくまって泣き出した。先生が駆けつけても、殴った本人は歌舞伎のような顔をしたまま、ひとしきり世界に入っている。そうして数時間が経ち、飽きてきた頃に落ち着きを取り戻し、しょげた風情で「さっきはごめんな」と呟く。まるでDV男ではないか。彼の消息は卒業以来知らないが、誰をも殴っていないことを祈る。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?