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無題

街ゆく人々は傘をさして、それをさみしい気持ちで見下ろしているのが私だった。冷えた飴色のティーカップをかちゃかちゃさせながら、あなたの姿を街に探した。あなたがいないことはすぐに分かった。そのことは私を安心させることでもあった。着慣れないワンピースの模様が思いのほか派手だったし、ろくに化粧もしないで、ただ猫背で、陰気な煙草の匂いが取れない髪で、冷たい爪先が嫌な感じだったから。
街灯は私を照らさなかった。冴えない女として、ごく自然に石畳の道を歩いて、でも振り返るとそれはちょうどスパンコールを散らしたような水玉模様をしていた。垢抜けないファミリー・カーがつけた2本の轍に頬擦りしたい。濡れた葉っぱでその飛沫を拭って、ほっぺに可愛い泥をつけて、傘をささずに歌いたい。あなたのいた風景を、そういう風に愛したい。

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眠れない夜に

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