見出し画像

無題

ベビィパウダーに木綿のTシャツを抱いて、べたついた朝の身体は呼吸をした。陽は柔く、湿った空気をまとったベッドシーツの温さが、嫌な気持ちを呼び起こす。蔓の伸びた知らない葉っぱが、頬に手を伸ばしては撫で、時に傷口とへ入っていく。
いくら優しい涙だからといって、それが美しく見えたところで、湿った傷口にあたればつんざくような痛みを生じさせ、陽の光に当たってはその痕を色濃く残すことになるのだった。
自分の肩を抱いてやってもちっとも温もりにはならないが、嫌な喧騒やそれらの蔓延る世界から、わたしを守ろうとする意思が、まだわたしの中にあると思うと少し安心する。でもこれは、わたしの中に閉じ込めておいて、そっと暗がりで取り出しては、ごく柔く接吻してやるものであったはずなのだ。縫い目の脆くなったところを人様にお見せするということは、誕生日ケーキのピンク色のデコレーション、余所余所しいマグカップ、奢侈なレースのハンカチーフよろしく、ほんとうは余計なものの一つであった。よくそういったことは忘却され、時に素敵なものとして捉えられるが、結局のところ、それらは増幅した不安となり、かさついた肌に浮かぶ何の温もりもない汗、またこじ開けた古いアルバムないしは傷痕としてそこに存在してしまうのだった。そして、それはわたしを忘れて、温もりの外へ散歩に行き、そして割れたガラスの瓶を踏んづけて、その破片を抱えて長く長く眠っている。

この記事が参加している募集

#眠れない夜に

69,218件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?