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ゾウの糞を追いかけて

まだ、温かい。遠くには行っていないはずだ。

刑事ドラマのようなセリフを、何度となくつぶやきそうになった。温かいのは、犯人が座っていたであろう椅子でもなく、飲んでいたであろうコーヒーのマグカップでもない。ゾウの糞だ。

実際に触ったわけではないが、轍に残されたゾウの糞は、見るからにフレッシュだった。たった今、ゾウの群れがボテボテと落としながら、ここを歩いていったのだ。

特殊部隊で過酷な経験を積んだ南西アフリカ(現ナミビア)生まれのA氏はある時、ゾウの糞を手でつかんで茶色がかった汁をギュッと絞り出して、こう言ったという。

「水がない時は、これを利用しろ。3回までは飲める」

では、4回飲んだらどうなるのか。もう一人のガイド、Y氏は教えてくれた。

「腎臓がやられる」

そんなことを話ながら、ゾウの糞を追いかけるように車を走らせたが、肝心のゾウはいっこうに姿を現さない。のんびりしているように見えて、意外と歩くのが速いのだ。結局、その日は、ゾウの糞を眺めて一日が終わった。

明るいうちにキャンプサイトに到着すると、まずはテントを設営してからビールで喉を潤し、火を起こす。A氏が夕食の準備をし始めると、メンバーは順番にシャワーを浴びる。シャワーといっても、バケツの底にコックをつけただけの簡素な設備で、使える水はバケツの3分の1程度だ。
思い出したのは、自衛隊に入隊したAちゃんが話してくれた、乾燥地帯を想定した訓練での体験談だ。

「水は貴重だし、シャワー時間は短いから、とにかく早く済ませないといけなかった」

そこでAちゃんは、頭と体を石鹸やシャンプーで洗った後、歯磨きをし、最後に石鹸の泡を流すために頭から水を注び、その水を口で受ける、という技を身に付けたという。

とりあえず私も、その技を真似てシャワーを浴びる。石鹸やシャンプーの泡は完全にはすすげなかったが、炎天下のシャワーは気持ちよかった。

シャワールームのないキャンプサイトでは、車の影がシャワールームになる。桶を置いて水をため、ペットボトルの底を切り取った簡易の手桶で水をすくって頭から水を浴びる。決してきれいな水ではないが、それでもスッキリする。そういう気分になると、意外と自分はたくましかったのだな、と思う。そして、自由をひとつ手に入れたような気になる。

シャワーの後は焚き火の周りに集まり、A氏がインパラやスプリングボックの肉で作った自家製サラミやジャーキーをつまみにビールを飲む。普段、ビーフジャーキーやサラミを食べないのでよくわからなかったが、インパラやスプリングボックは牛の仲間で、その肉には牛より野生的な臭みがあるらしい。

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アフリカならではの味を楽しんでいると、日が暮れ始めた。ピンクと青のまろやかなグラデーションの空を眺めながら、フリースやダウンを一枚、また一枚、と着込んでいく。
焚き火の炎が小さくなり、置き火になったところで、A氏はようやく肉を焼き始める。炭火のような火でじっくり焼くことで、柔らかくジューシーに焼き上がるという。火を起こしてから、ゆうに3時間は経っている。お腹はとうにすっからかんだが、夕食を待つ時間は原始的な体験のように思えた。

夜空には南十字星、マゼラン星雲もかすかに見える。地面に視線を移せば、そこかしこにサソリやヤモリたちが掘った穴が空いている。夜の砂漠に、ヤモリの鳴き声がのどかに響き渡った。

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