オタクサに告ぐ
「君の歓迎会だ、好きに注文したまえ。ここは何でも美味しいよ」
「それが……メニューが読めなくて」
「ハハハ、そうだった。大丈夫、現地のことは僕に任せろって言ったからね。説明したげよう」
ハイネケンを片手に流暢にオランダ語のメニューの説明をするふくよかな紳士は、ライデン大学日本語学教室の酒井先生だ。うちの研究室のボスと縁があり今回滞在の面倒を見てもらえることになった。
「で、宮田くんがやってるのは狼の研究だっけ?」
「はい。生態の研究なんですが我儘を言ってタイプ標本を見にライデンに。半分は趣味ですが」
「結構結構、研究は趣味から始めるものだよ。失礼、ちょっと一服」
先生は葉巻を咥え火を付ける。不思議な香りの煙が漂い……後ろから現れた黒髪の長身女性が葉巻をとりあげた。
「センセイ?コレはもうやめると言ってませんでした?」
女性は奪った葉巻をそのまま咥え俺の横に座る。
「おお!紹介しよう、こちらは院生のベアトリスだ。髪は染めてるらしい」
「どうぞヨロシク」
差し出された真っ白な長い手を恐る恐る掴み握手をする。ゾッとするような美人だ。
「彼は例のアレ、狼の標本を見に来たんだよ」
「ああ例の……」
意味ありげに視線を交わす二人を怪訝に思っていると、表情で伝わったのか酒井先生はドロリとした目で俺を見つめ語り始めた。
「有名な噂でね、かのシーボルトが長崎を去るとき家族の代わりにニホンオオカミを連れ帰ったんだが環境が合わず直ぐ死んでしまった」
「遺体は剥製にされ、今も標本庫にあるそれを見ると祟られるんです……何かおかしいですか?」
「いえ、まるで日本の怪談みたいに話すから……」
「ふふっ私達もこの話は好きですよ。でもウェアウルフの伝説って呼びますね」
紫煙を吐きつつベアトリスさんは笑う。
「それに、噂は本当なんです」
彼女が袖をまくると、その青白い二の腕には変色して歪んだ……痛ましい箇所があった。
「私はその狼憑きに襲われましたから」
(続)
あなたのお金で生きています