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地域づくりのカギは関係人口。人と地域をつなぐデジタルの役割 明治大学教授 小田切 徳美さん × PIAZZA代表 矢野 晃平

社会情勢が大きく変わり、地域活性や地方創生が必要とされる昨今。「関係人口」というキーワードが専門家たちの注目を集めています。人との関わり方が多様化する社会で生きていく上で関係人口という課題に対してどのようなアイデアが考えられるのか、スマホをはじめとする身近なデジタルデバイスを活用して関係人口を増やすことはできるのか。「関係人口」論の第一人者、明治大学教授 小田切 徳美さんとPIAZZA代表 矢野 晃平による対談をお届けします。

※新型コロナウイルスの感染拡大リスクに十分配慮のうえ取材を行いました。

小田切 徳美(おだぎり とくみ)先生
1959年神奈川県生まれ。博士(農学)。
東京大学大学院博士課程単位取得退学。高崎経済大学経済学部助教授、東京大学農学部助教授等を経て、2006年より明治大学農学部教授(大学院農学研究科長)。専門は農村政策論、地域ガバナンス論。過疎問題懇会座長座長、国土審議会委員などを兼任。著書(編著)に『農山村は消滅しない』、『農村政策の変貌』、『新しい地域をつくる-持続農村発展論』などがある。

なぜ今、「関係人口」と向き合う必要があるのか?

矢野:地方や地域の魅力を発信していく方法として、近年マイクロツーリズムやデジタル観光などが取り上げられています。そうした部分も含めて「どうやって関係人口を増やすか」をテーマに私たちができることを突き詰めたいと思うのですが、そもそも関係人口という課題に対して民間も向き合うべきなのか、小田切先生のお考えはいかがでしょうか。

小田切先生:少し大きな話をすると、コロナ禍によって分断しやすい日本社会という状況が明らかになりました。「感染者と非感染者」「医療従事者と非医療従事者」そして「都市部住民と地方住民」。今は少し緩和されましたが、最初の頃はかなりの分断があったように思います。例えば、県境の高速道路のサービスエリアで検温するという動きが話題になり、取り止めになりました。このように、人や車が移動することに嫌悪感を感じてしまうのは、明らかに社会の分断です。それを含めて、縦横無尽の分断が起こりやすい社会の中で、それにどうやって「橋渡し」するかがコロナ禍の課題だと感じています。

矢野:以前、小田切先生とお話した時、橋渡しのひとつとして「素朴な動き」とおっしゃっていましたね。

小田切先生:そうです。都市部に出ていった学生に対して「今は帰省できないけど」という形でお米やマスクを送って支援するという新潟県の燕市の事例で、まさに関係人口を表す動きです。他にも生協経由で病院看護師や医療関係者を支援する、農作物関係を持つJAが農産物などを送る……など、さまざまな動きがあります。食べチョクやポケットマルシェなど産直系のサイトは、まさに分断に対して橋を渡す「応援消費」という動きでしょう。橋を渡った人、もしくは橋を渡す人という意味で考えると、関係人口は極めて現代的な意義ある取り組みだと思います。

関係人口を正しく理解する

矢野:地方移住だけが関係人口ではない、ということですね。確かにその通りだと思います。食べチョクやポケットマルシェのような応援商品も含めて、ここら辺の幅はどう捉えていくべきでしょうか。

小田切先生:関係人口の特徴は多様性です。関係人口は「関心」と「関与」の2軸から成り立ちます。MAXが移住、ゼロ地点に近いところが無関係人口と議論するわけですが、関係人口の多様性とは、言い換えれば無関係人口以外の全てが関係人口です。

矢野:そういうことですね。

小田切先生:どうやってゼロ地点からMAXに向かうかと考えた時、我々はここに「関わりの階段」を作ります。しかし、ここで大切なのは、関わりの階段にいない部分も含めて関係人口であると認識すること。仕事が忙しくて何もできないけど地域おこしへの関心は高い人、関与はしたけど地域に対する想いはない人。これらも全て関係人口です。つまり矢野さんの質問に答えると、全てが関係人口なんです。

矢野:なるほど。一般的な観点から見ると、関係人口は移住をはじめとするIターンやUターンといった極論の発想になってしまいますが、それこそ先ほどの話に出てきた産直品を買うとか、ちょっとした行動でもいいわけですね。

小田切先生:そういうことです。例えば、産直サイトで、地域を応援しながら、農山物を購入するという行為は最初の入り口。一歩進んで「買う」という経済行為に。そして「寄付」という行動に……。ここまでは都会に住んでいる方もできる活動です。さらに段階が上がると、その土地に足を運んだり地域居住するわけです。サイトで購入した人が今度はふるさと納税に参加してみようと感じてもらえるような、そうした関わりのハードルをより低く、さらにはなくしていけると理想ですね。

矢野:まさにそうですね。私たち一般市民が関係人口というアクションを起こそうと思った時、日常的なことからできるなら誰でも参加できますし、関係人口に対するハードルも低くなります。

小田切先生:矢野さんの言葉が、まさに本質です。関係人口とは誰でもなれる、今すぐなれるもの。極端な話ですけど、その地域を想って心の中に映像を映し出すことも関係人口ですよ。

矢野:なるほど。そう考えると一気に幅が広がります。小田切先生の文献を拝読して、僕個人が感じたのは、ただ波に乗りたくてサーフィンを目的に移住したけど、そこから後発的に地域のことを思い始める方がいるということ。コト消費の延長線上に地域を思うきっかけがあるということですね。すごく良いきっかけだなと思いながら読ませていただきました。

小田切先生:スポーツ移住の事例には徳島、宮崎などに多いサーフィン移住が挙げられますが、その方々は地域というより波に関心があります。とはいえ、やはり地域に入れば自然と関心を持ち始めますから。そういう意味でお伝えすると、「関与」と「関心」のどちらが先かはあまり重要ではありません。どちらか一方から向かうプロセスにも、さまざまなパターンがあるんです。もちろん途中で止まっても問題ないです。この多様性が関係人口ですから。今あるポジションとプロセス、それぞれに多様性があるというのが関係人口です。

誇りの空洞化という問題

矢野:大変興味深い話が続きますが、次に進みたいと思います。ここまで大きな多様性を共有した場合、関係人口の効果が広まる実感値について、どのように認識していくべきでしょうか?

小田切先生:鋭いご質問ありがとうございます。それこそが政策課題です。あらゆるフィールドにさまざまな関係人口が散らばっているとすると、これを1つのプラットフォームにのせたいわけですよね。そのひとつがふるさと住民票です。

矢野:なるほど。

小田切先生:先ほどから繰り返していますように関係人口は多様だという特徴があります。その多様な人が乗るためのプラットホームとして「ふるさと住民票」という仕組みを作り、その後、必要であればそれをセグメント化するということだと思います。

矢野:このふるさと住民票は、PIAZZAにとっても使命の1つだと感じています。コミュニケーションや地域SNSについて可視化し定量化をしっかりやる意義、これは私たちがトライすべき事だと思います。もうひとつ、小田切先生の文献に出てきた「誇りの空洞化」という言葉がものすごく衝撃的でした。

小田切先生:誇りの空洞化は、私自身が作った言葉ですが、乱暴な言葉でもあり最近はあまり使わないのですが、その表現はともかくとして、地域住民自身が、地域に対して自己肯定感が低いということはたくさんあります。「子どもがこんなところに生まれて可哀想だ」というストレスな言葉にも出会ったことがあります。

地域の魅力を活性化する3つの対策

小田切先生:少し話がズレますけどNHK連続テレビ小説「おかえりモネ」、地域の住民の中に誇りがなさそうに見えますが、実はこのドラマでは、実は空洞化してないという部分を丁寧に描いています。このように、何らかの形で多くの人々が気づいている、地域に対する複雑な意識とその誇りとしての確立については、いくつかの対応策が見えています。

矢野:具体的な対応策について、ぜひ教えてください。

小田切先生:まず1つ目は「交流の鏡機能」。外から人が来た時に「料理が美味しいですね」「素敵な場所ですね」と何度も繰り返し言われると、だんだん自分もそのような気持ちになるという。これが交流の鏡効果、鏡機能です。交流者が鏡のように地域の宝や意義や価値を映し出すことからこのように呼ばれています。2つ目は地元学。もう少し一般的に言えばワークショップですね。地域の価値を見出し、確認するものとして直接的なアプローチだと思います。3つ目は原点に戻って教育です。中学・高校では総合的学習の時間がかなり活発に行われていて、地域のプレーヤーたちと子どもたちが上手く接触する仕組みがあります。ただ、その頑張りが高校でリセットされているケースが見受けられるのも事実です。

矢野:この課題をクリアする方法はありますか?

小田切先生:島根県海士町の島留学をきっかけに生まれた「高校の魅力化」が参考になると思います。高校での総合的探求の時間を活用して、地域のキーパーソンと高校生が接するという教育を行ったところ、実際にとても高い効果が得られました。高校の魅力化を経た学生は、地域に対して誇りが生まれていることが、研究レベルでも検証されつつあります。

矢野:いろいろな接点を持つことが、その地域に対する愛着に繋がるということですね。どの地域も素晴らしいと言いつつ、地元が大好きな人とそうでない人がいますが、どういう分岐からきているのか考えると、人の繋がりだとあらためて感じました。教育の延長線上には、上の世代との繋がりが大切なのですね。

小田切先生:本当にその通りです。地域に家族や先生以外に「相談できる大人」がいることが重要です。

矢野:相談できる大人、これは面白いですね。さまざまな選択肢に繋がりますし、大きな肝だと思います。

小田切先生:島根県での高校の魅力化の成果から始まり、現在ではそれをめざして、全国の数十の高校がモデル校としてそうした活動に取り組んでいます。高校魅力化は、確実に前進をしている取り組みといえるでしょう。

デジタルに求めること

矢野:デジタルに取り組んでいる身としては、デジタル化による関係人口の増加を目指していきたいと考えています。より多くの人に広めるために人・場・仕組みを構築していく中で、デジタルに求める部分についてぜひ教えてください。

小田切先生:地域アプリは今、第三次ブームとのことですが、過去にお聞きした話を振り返ると、チャレンジされながら撤退していくプロセスがあったということ。ここにやはり大きな壁があると思うんです。私の立場からすると、ふるさと住民票のような取り組み……つまり関係人口のプラットフォーム作りをデジタル分野で挑戦していただくことで壁を乗り越えていただきたいですね。

矢野:関係人口という概念があると分かりやすいと思います。とはいえ、デジタルは接点のひとつでしかないという認識も持っています。やはり一番大切なのはリアルですから。そのきっかけづくりとして、デジタルを活用していく方法論を突き詰めていきたいですね。

小田切先生:なるほど。

矢野:最終的に私たちが目指しているのは、リアルな繋がり作り。モノの譲り合いやイベント情報をシェアすることで人と人との出会いをサポートしたいという想いもあります。過去には、高齢者ばかりの町内会がボランティアを募集したところ、PIAZZAを通じて人が繋がり、無事に世代交代ができたという事例もありました。他にも子育てに関する悩み相談を投稿された方に対して「ウチはこうだったよ」と具体的なアドバイスをし合うなど、リアルに繋がる使い方を意識しながら取り組んでいます。街の中にある関係人口の例なら「勝どき枝豆プロジェクト」もそうですね。実際に活動している人たちは数十人、オンライン上で参加されているのは200人以上。「水をあげました」と実際に動く人もいれば、デジタル上で関わるだけの方もいます。地域の活動に対して街の中で関係人口を作ることは、町内会や自治会のような組織とは違うツールとして広がっていくのではないかと、あらためて多様化という言葉を実感しました。

小田切先生:出口となる目的には、やはりリアルな人々の繋がりがあるという点がPIAZZAの事業の特徴ですね。

矢野:リアルの活動が人を繋げていく、それを補完するのがデジタルだと考えています。街づくりに貢献する1つとしてデジタルがあれば、情報発信を通じて助け合いができるのかなと。シビックプライドが持てるような基盤にしていきたいですね。

小田切先生:期待しております。

矢野:都心に住んでいる方が、どのようにして地方と関わっていくのか。関係人口に対する考え方が変わりつつある今、選択肢を広げるという意味でこのインタビューが役立てられれば思います。本日は貴重なお時間をありがとうございました。