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【La Pianista】⑨

第9章 間奏曲~intermezzo~

 加納は、宿泊しているホテルの部屋で、明日行われる三次予選に進んだ十二名のコンテスタントの名簿に目を通していた。予想通り、イタリア人が最も多く、半数の六名を占めるようだ。これは、マルトゥッチ国際ピアノコンクールが、まだまだメジャーな賞として評価されていないことの裏付けとも言える。マイナーなコンクールでは、どうしても地元のピアニストが絶対数からして多くなるのだ。
 特に、このコンクールは、上手く勝ち進む程現地での滞在期間が長くなる。国外のピアニストにとっては、滞在費だけでも大きな出費となる上、文化や言語の異なる国での長期滞在は、期間中の練習環境の確保も含め、何かと不利になる要素も多い。
 ましてや、ローマやミラノではなく、アヴェッリーノという小さな街での開催だ。イタリア人ピアニストの比率が高くなるのも、当然と言えよう。なので、この結果だけを見て、イタリア人ピアニストが優れているという判断も無理がある。

 確認の為に、コンクール事務局から貰った資料を読み直すと、確かに一次予選に出場した五十名のピアニストの内、実に二十三名をイタリア人が占めていた。もちろん、勝ち残った六名は、その中でも選りすぐりの実力者であろうことは否定しない。それに、イタリア人ピアニストは普段から好んでトランスクリプションを弾き、またその演奏技術に長けていることも知っている。何より、マルトゥッチもイタリア人だ。イタリア人ピアニストにとって、母国の偉人を冠したこのコンクールへの思い入れは、他国のピアニストよりずっと強いだろう。人口比率以上の結果を残していても、何ら不思議ではない。
 ただ、それ以上に、ロシア勢の躍進は目を見張るものがある。驚異的とも言えよう。イタリア人に次ぐ四名が、二次予選を勝ち抜いたのだ。それだけではない。一次予選に出場したロシア勢は、僅か五名しかいないのだ。そのうちの四名、つまり、80%が生き残ったことになる。
 これはおそらく、このコンクールが、ヴィルトゥオーゾ系のピアニストに向いているからであろう。マルトゥッチの作品は、難易度の高い技術を要求されるものが多く、また体力的にもかなり消耗するため、伝統的なロシアのピアニズムに合致するのだ。と考えると、この結果もまた、当然なのかもしれない。
 残りの二名は、近年、世界中の様々なコンクールで上位を席巻しているアジア人が、ここでもキッチリと食い込んできた。一人は、中国系アメリカ人、そして残りの一名が、日本人ピアニストだ。
 同じく、近年様々なコンクールで躍進の著しいユダヤ系のピアニストは、名簿から推測する限り、一人も残らなかったようだ。自らの研究材料として、少しでもバリエーションに富むサンプルを欲していた加納は、ユダヤ系ピアニストの不在をとても残念に思った。
 もっとも、名簿からは民族的なルーツまでは分からないので、単なる国籍での分類を真に受けてはいけないのだろうが。

 取材の依頼を受けた時点では、加納は、このコンクールで日本人が上位に食い込んでいるなんて、全く予測していなかった。マルトゥッチの曲は、技巧的にも体力的にも、日本人ピアニストには不向きと考えられていたからだ。
 しかし、今回の旅行で、加納はその考えを改めつつあった。技術や体力の不足は、フィジカルに起因するのではなく、日本に蔓延る誤った奏法に問題があるのだ。
 そう、技巧も音量も、日本人は体格で不利とされていたが、今の加納には、それが完全に間違いであると断言出来た。それらは、全て奏法で補えることに気付いたのだ。いや、それどころか、決して西洋人が体格で有利ということもないし、そもそもフィジカルを活かした弾き方もしていないのだ。
 実際、この旅行で目にしたピアニストも、決して大柄な人ばかりではなかった。日本人よりずっと小柄な女性ピアニストもたくさんいた。でも、その誰もが、音を鋭く飛び出させ、豊かに響かせ、遠くまで飛ばすのだ。そして、見れば見る程、ピアニストは全くフィジカルに依存しておらず、テクニックで音を創り上げていた。
 そもそも、ピアノとピアニストを繋ぐ接点は、鍵盤と十本の指だけだ。そこには、決定的な民族差は生まれない。鍵盤を押さえる指の位置や角度、スピードなどで音をコントロールする。
 そもそもが、最大でも60g程度と言われる鍵盤のダウンウェイトの為に、筋力はさほど重要ではない。それよりも、手の形、手首や肘の脱力、肩と背中の使い方、座る位置や椅子の高さなど、理想的なメカニズムを追求すればいい。実際、こちらのピアニストは、一様に、そして本能的にその感覚を身に付けているように思った。長年の歴史に育まれ、成熟したピアノ文化があるからこそだろう。
 だからこそ、今大会で三次予選まで生き残った日本人ピアニストがいることは、加納にとっては嬉しい衝撃だった。必然と、そのピアニストに関心と期待を抱く。彼女は、どのような指導を受け、どのような弾き方をし、どのような音を出すのだろうか? いよいよそのことを、確認出来る日がやってきた。
 加納は、再び明日のプログラムに目を通した。演奏順は抽選だ。一番最後に、日本人ピアニストの名前が記されている。

《12》Megumi Higashihara(JPN,20,F)

 メグミ・ヒガシハラ……おそらく、20は年齢、FはFemaleのことだろう。つまり、東原メグミという二十歳の女性ピアニストだと推察出来る。残念なことに、手許の資料からは、それ以上のことは知る由がない。何処の大学で学んでいるのかも分からないし、そもそも国内の大学とも限らない。
 いや、年齢制限が二十二歳までだからといって、音大生、芸大生とは限らない。普通科の学生かも知れないし、社会人や主婦の可能性だってあり得るのだ。公式データからだけたと、何も分からないに等しい。

 サプライズと言えば、今大会は関係者に激震を走らせた出来事がある。
 マルトゥッチ国際ピアノコンクールでは、三次予選での課題曲は、二次予選の結果と同時に二曲発表されることになっており、三次予選に進出した者は、曲目発表の翌日にはどちらを選択するか届け出ないといけないのだ。慣例的に、マルトゥッチによるイタリアオペラのトランスクリプションから二曲選ばれることになっていたが、今回選出された曲は、それこそサプライズだった。

◉ヴェルディの「リゴレット」より『女心の歌』
◉ワーグナーの「タンホイザー」より『巡礼の合唱』

 ワーグナー。
 そう、コンクール史上、初めてドイツオペラが選ばれたのだ。これには、ピアニスト達は戸惑い、選択に頭を悩ませることになった。それはもちろん、ドイツオペラが全くのノーマークだったこともあるが、もう一つのイタリアオペラ曲にも問題があった。『女心の歌』は、逆にメジャー過ぎるのだ。
 マルトゥッチを好んで弾くピアニスト……恐らく三次予選に進出した大半のピアニストにとって、マルトゥッチによる『女心の歌』のピアノソロ版は、あまりにも身近過ぎる曲なのだ。この曲は、ショパンにとっての『革命のエチュード』や『別れの曲』、又は、ベートーヴェンにとっての『月光』や『熱情』といった位置付けにある、マルトゥッチを象徴する代表作と言えよう。つまり、このコンクールに挑む若者なら、必ず一度は弾いたことがある可能性の高い曲だ。
 二週間という「短い期間で仕上げる」だけの条件なら、これ程好都合な曲はない。ただ、披露する舞台にコンクールヽヽヽヽヽという条件も付加されるのだ。人と競い、優劣を付ける場である。幾ら演奏経験がある曲とは言え、他の皆も得意とするかもしれない曲で勝負するのは、非常にリスキーで、相当な勇気と覚悟を必要とする選択肢となろう。
 一方で、ワーグナーの選出は意外過ぎた。過去の大会でも、イタリアオペラ以外の選曲は例がない、誰も、全く予想すらしていなかった曲だろう。この曲を選ぶと、おそらくは、譜読みから始めることになるピアニストが殆んどだ。たった二週間でこの難曲を譜読みから仕上げ、勝負に挑むことは、無謀とも言える挑戦だ。
 だが、見方を変えると、皆が『女心の歌』を選ぶなら、『巡礼の合唱』を選択したピアニストは有利に働くかもしれない。いや、『巡礼の合唱』を選ぶピアニストは間違いなく少ないだろうから、その中で一番良い演奏が出来れば、それだけで決勝に進める可能性は高まるだろう。
 もちろん、そもそも本番までに曲を仕上げることが大前提であり、何とか弾き切れるぐらいの完成度では、全く勝負にもならないだろう。こうなると、もう一種のギャンブルだ。その辺りの駆け引きは見所かもしれないが、当事者は想像以上に苦心するに違いない。



 三次予選当日の日、指定席なのに、加納は早めに会場へ到着した。そして、自分の席につき、プログラムにじっくりと目を通した加納は愕然とした。 どうやら、トップバッターのイタリア人から、六人連続で『女心の歌』を選択したようだ。
 そして、休憩の後は……なんと、また五人連続で『女心の歌』だ。つまり、十二名中、十一名が『女心の歌』を選ぶという、極端な偏りが発生していた。これは、後々運営のミスとして咎められるだろう。
 しかも、そのうちの三名が、当日になって棄権することになったようだ。マルトゥッチ国際ピアノコンクールでは、毎回三次予選を棄権するピアニストが出ることも名物になっている。とは言え、三名も棄権するのは、おそらく初めてではないだろうか? それだけ今回の課題曲は、精神的に追い詰められる過酷な条件だったのだろう。

 幸いなことに、ワーグナーを選択した唯一のピアニスト、「Megumi Higashihara」は、棄権することもなく、プログラムの最後に演奏するようだ。 加納の楽しみは、今ではもう、ほぼ彼女の演奏だけに集約されていた。


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