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「キャリアプラン」なんてなくてもいい

「誰か一枚板のテーブルつくれるやつ知らない?」


数年前、尊敬する経営者の別荘に十数人でお邪魔したときのことです。庭でバーベキューをやる予定でしたが、その日はあいにくの雨。そこで、使っていない大きなガレージにキャンプ用の椅子やテーブルを持ち込んで、鍋パーティーをやろうということになりました。

私はその経営者の横に座っていたのですが、ビールを飲みながら鍋を突いていると、突然こんな事を聞かれました。「ここに大きな一枚板のテーブルを置きたいんだよね。誰か作れるやつ知らない?」。私は特に家具が好きなわけでも、そのような事を公言しているわけでもありませんでした。林業にゆかりがある、というわけでもありません。

いや、普通知らないだろ。というのが心の中の素直な反応でした。逆になんで知っていると思ったのだろうか、と。しかし、次の瞬間はっとしました。この反応こそが、自分を凡人たらしめているのではないか、と。

その経営者だって、私が知っている可能性が薄いことぐらいは解っているはずです。しかし、そう決めつける事にメリットは一つもありません。「誰か知らない?」と聞くことには何のコストもかかりませんし、相手が直接は知らなくても、つてをたどって最終的に作れる人にたどりつけるかもしれません。

私が知りません、と答えると、二つ隣にいた「お気に入り」の後輩にも同じ質問をしていました。その後輩は手慣れたもので、まったく驚く素振りも見せず、「誰かいたかな」と一人ごちては携帯電話をいじりはじめました。このように、些細なことでも自ら可能性を閉ざしてしまわないことで、この人や周りの人は今の地位を切り開いたのだろうな、と感じさせられる瞬間でした。

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「計画された偶然」がキャリアを形づくる


スタンフォード大学の心理学者だった故ジョン・D・クランボルツ教授は、成功者のキャリアは偶然の積み重ねで形成されている、と主張します。「キャリアを計画する」という考え方は非現実的であるとし、実際にほとんどの「キャリアプラン」は実現しないこと、個人のキャリアの8割は偶然の出来事で決まることを説いています。

教授が心理学を専攻に選んだのは、テニスのコーチが心理学を教えていたからでした。そして、テニスを始めたのは、自転車に乗って知らない道を走っていたら子供がテニスをしているのを見かけ、楽しそうだったからだそうです。教授自身名だたる心理学者であり成功者だと言えますが、このようなキャリアプランは「事前に」など立てようがありません。

教授はこの考え方を、「プランド・ハプンスタンス・セオリー」と名付けます。「計画された偶然」理論です。成功を形づくるのは偶然である。しかし、ただの偶然ではない、というのです。成功者とそうでない人の違いは、ただの偶然を「計画された偶然」にする行動や習慣により生まれている、と教授は主張します。

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ただの偶然を「計画された偶然」にする行動や習慣


その行動や習慣とはなんでしょうか?クランボルツ教授は以下の資質の重要さを説きます。

・「好奇心」
・「粘り強さ」
・「柔軟性」
・「楽観主義」

「好奇心」とは、誰にでも何にでも、常に学びの機会を求める態度です。好奇心が旺盛な人は、学びを求めて積極的に人と会い、本を読んだりして未知の領域を探究しようとします。そんななかで、人生を変えてくれる人との出会いがあるかもしれません。また、自分でも気づかなかった興味や適性が発見できるかもしれません。

「粘り強さ」とは、障害を乗り越える気構えです。成功をもたらすのが偶然であるなら、失敗をもたらすのもまた偶然と考えられます。コイントスで一度や二度裏が出ただけで、もう表は出ないと諦めてしまうのはもったいないことです。うまくいかなくても気落ちせず、何度も挑戦する気構えを持っている人は、結果としてコインの表を引き当てる「回数」が多くなります。「打率」は変わらないかもしれませんが、打席に立つ回数が多いので、結果としてヒットの数も多くなるのです。

「柔軟性」とは、何事も決めつけてしまわないこと、またそれゆえ様々な状況や出来事に対応できる状態を保てることです。「どうせ無理だろう」「どうせそんな人いないだろう」と決めつけてしまうことは、あらゆる可能性を狭めます。いいことでも悪いことでも、「どうせ起こらないだろう」「そんなことはないだろう」と決めつけていると、実際に起こった時にうまく対処することができません。

「楽観主義」とは、変化や予期せぬ出来事からも最大限に恩恵をあずかろうとする前向きさですこの態度を持っていると、自ら変化に飛び込んでいくことができるようになります。変化を受け入れられない人、変化を拒む人は、変化すること自体が嫌なわけではありません。多くの人が「新年の誓い」を立てるように、より良い自分になりたい、変化したいという気持ちは誰もが持っています。そうした人は、変化して、その結果きっと良くなる、という楽観が持てないだけなのかもしれません。違うのは、変化そのものに対する態度ではないのです。

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運が遊び回る運動場をなるべく広く保つ


これらを一言で言うと、「運が遊び回る運動場をなるべく広く保つこと」なのだと私は考えます。私自身は成功者とは言えないですが、本職である「マーケター」に対する社会的ニーズの高まりからか、カンファレンスやビジネスイベントなどで、著名な経営者やビジネスパーソンとご一緒する機会に恵まれています。そうした人たちに、その成功の秘訣を聞くと、皆異口同音に「運が良かっただけですよ」と言うのです。

確かに、成功者のキャリアを形づくるのは偶然=運なのかもしれません。しかし、一線で活躍「し続ける」人の成功には「再現性」があります。だとすると、そこにはそうでない人との明確な違いがあるはずです。それこそがまさに、クランボルツ教授の主張する4つの資質なのではないでしょうか。

成功者たちは、好奇心を高く保ち、粘り強さを持って事に向き合い、柔軟性のドアをフルオープンにして、楽観主義で変化に飛び込みます。そうした全てを通じて、「運が遊び回る運動場を広く保っている」のです。「運が良かった」のは確かなのでしょうが、そこには必然性があるわけです。

「一枚板のテーブル」の質問には、この全てが織り込まれています。私のような何者でもない人でも、隣に座って話を聞こうとする好奇心。一回コインの裏が出た程度ではあきらめない粘り強さ。どうせ知らないだろう、知るわけはない、と決めつけない柔軟性。そして、予期せぬ事を前向きに期待する楽観主義。

だから、自分のキャリアを思い描く時、私はいつもこの突飛な質問を思い出しています。そして、自分にこう言い聞かせています。キャリアプランはつくってもあまり意味がない。それより、こういう質問ができる人になって、「運が遊び回る運動場をなるべく広く保つ」ことが重要なのだと。

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<参考文献>
“Krumboltz's theory“ careers.govt.nz(careers.govt.nz)

“Stanford Professor John D. Krumboltz, who developed the theory of planned happenstance, dies“ GSE News(ed.stanford.edu)

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