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料理はどこまでサボれるのか~素人のレシピはアテにならん編~

最近、料理に凝っている。
 基本的に我が家は、夕飯しか食べない。身体に悪いのは分かっているが、作ったり買ったりするのが面倒なのだ。食べたい欲求と手間を天秤にかける。30分ほどシーソーしたあと、手間の方に傾く。もちろん、僅差なのでコンビニでパンやおにぎりを買う日もある。買った後、「家で米を炊いて自分で作れば、何分の一の値段で済んだのに」と思う。ただ、そうは思うが自分でおにぎりを作ったことはない。そういったことを繰り返しているうちに、コンビニを利用する回数も減ってくる。結局、1日1食で落ち着いてくる。

 どうせなら、夕飯だけでも美味しいものを食べようと思ってしまった。料理なんか、ほとんどしたことがない。ただ、そうは言っても家庭料理だ。食材の鮮度に合わせた加熱時間や、調味料の増減は必要ない。スーパーの見切り品よりも美味しければそれでいい。まぁ出来るだろうと思った。

 最初は、クックパッドを見た。キノコと海鮮のパスタが目についた。冷凍のシーフードミックスと好きなキノコだけで良いらしい。これにしようと決めた。食材だけ確認して、スーパーに行った。エノキの鮮度なんか分からないから、適当に選んだ。シーフードミックスの値段が思ったよりも高くて驚いたが、すぐに生のエビとイカを同じ分だけ買ったらもっとするな、と気づいた。普段からスーパーに行かないから、それが高いのか安いのかすら分からない。
 家に帰って、レシピ通りに作った。見た目は普通だった。
まぁ、本当にヤバい奴ほど普通の見た目をしてるしな、と思い直し、とりあえず味見をした。驚くほど味がしなかった。タバコは6年ほど吸っているが、たった6年で味蕾が破壊されつくされるわけがない。いやいや俺の舌は確かだ。レシピを間違えたのかと、スマホの画面を上へ下へとスクロールする。どこも間違えてない。ページの下に、投稿者のコメントが載っていた。「作ってみましたが、味が薄く、あまり美味しくありませんでした。もっと上手く作れた方、コメントで教えてください」と書いていた。
もう二度と、クックパッドは見ないと神に誓った。

 次の日、YouTubeでパスタのレシピを調べた。イタリア人のチャンネルが出てきた。コメントも、「美味しかったです!」とか「〇〇の代わりに△△を入れてみたけど、良かったです」とか、良いものばかりだった。その人の投稿動画を一通り見て、カルボナーラが目についた。晩御飯はこれにしよう、と決めた。作ってみたら、凄く美味しかった。妻も美味しいと喜んでくれた。それは良かった。良かったのだが、
レシピを探す時間・買い物の時間・調理時間で2時間以上かかっている。
2時間かけて、できたものは美味しい。良かった。でも、2時間か。

それなら倍額出してウーバーイーツした方がええんちゃうか
倍も出さないまでも、スーパーで総菜買った方がええんちゃうか

うーん。僕は手作りだろうが工場で出来たものだろうが、ある程度好みの味だったら何でもいい人なんだった。
「妻が朝から煮込んで作るシチューが美味いんですよ」みたいな自慢話があるけど、僕がソイツの夫なら怒るんじゃないかな。多分、もうほんの少し出したら、もっと美味いシチューがレストランで食べれるよ。こういうこと言うと愛がないみたいだけど、料理から愛を感じることなんてあるのかな。
「今日は疲れてそうだったから、晩御飯は君の好きな唐揚げにしたよ」は、自分のことをよく見てくれてるなと思って愛を感じるだろう。
でも、「鶏肉を酵素で処理して柔らかくして、唐揚げ粉はスパイスを調合して、で・・・」という行き過ぎた調理から愛を感じるだろうか。僕は感じない。

まぁ、料理にかかる時間が合計2時間ならいいでしょ、という話なのかもしれない。レシピもたくさん覚えたら、調べる必要もなくなる。買い物も、慣れればすぐに終わるだろう。そう信じておかないと、料理をしなくなる。今は、妻に少しでも美味しい晩御飯を食べさせてあげたい。それだけを考えるようにしている。

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