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盆栽割烹

「いらっしゃい、今年もよろしくお願いします!」

 予約したそのお店の扉を開けて中に入ると、店主がいつものようにハキハキとした口調で挨拶してきた。
 昨年末以来のせいか、少し久々な感覚だ。
「こちらこそ。今日のホームページにあった鰆のランチ、あります?」
「大丈夫ですよ。今日も最初に日本酒からいきます?」
「ええ、ぜひ。」
 席へ案内されて座ると、店主はすぐに今日の《最初の一杯》を瓶ごと持ってきて、お猪口に注ぐ。

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「『鉾杉(ほこすぎ)』の生純米酒です。おりがらみ、つまり微発砲酒ですね。」
 早速一口。
ほんのり甘みと、微発砲による僅かな辛みが喉を通り過ぎるのを感じる。香りがそんなに強くないので、却ってその微発砲感を繊細に味わうことができる。
 お酒は、喉を通り過ぎて身体中に広がっていき、温かみと高揚感に続き、浮遊感へと変わっていく。
 今日もいい感じに《酔い》が回ってきた。効果が始まらないうちに、移動しないと。
 私は席を立ちあがると、定期的に入れ替わる盆栽のところへ歩を進める。

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「今日のは、葉が枝分かれしていく感じがいいですね」
「『五葉松』です。御用を待つ=仕事を待つ、ということで、縁起にもいいと言われてます。」
 私は、じっくりと今日の盆栽を観察しながら見惚れると、浮遊感が徐々に強くなってきた。そろそろかな。
 そう思ってると、急激に盆栽が大きくなっていき、その中吸い込まれていく―――。

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―――気が付くと、私はその盆栽の空間の中にいる。
 周りの景色は、茶色掛かった黒で覆われていて、四角い格子状の物体が押し並んで囲まれている。
 身体は座ってるような浮かんでるような不思議な感覚だ。
しばらくその状態に浸っていると、先ほど頼んだ鰆のランチが目の前に現れる。
 そして今日2杯目の日本酒―――『寒紅梅 うさぎラベル 純米吟醸 HARU酒』。

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ジャケ買いしそうなその瓶のラベルデザインが目を惹く。描かれている動物は、犬―――ではなくウサギだそうだ。
注がれたお猪口を口に運ぶ。とてもフルーティーだけど独特な辛みがある。お花見とかにはピッタリだろう。

 ランチを酒の肴にしつつ、続いて3杯目は、『会津宮泉 純米吟醸 美山錦生酒』。

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 店主十八番の福島ブランド酒。
 瓶のラベルの目立つ朱色を横目に、ここはぐっと口に流し込む。
 いつものように、伝統と新生の絶妙なバランス感があり、ぐいぐい進む。
 
 食事も完食し、いよいよ今日の《最後の一杯》へ。
 今日の最後は甘口で、『宮の雪 純米吟醸酒生原酒』。

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 パイナップルのような豊潤さが口から喉にかけて広がる。
 最後の一口を飲み干すと、今度は落下感と共に周りの景色が変化し始める―――。

 ―――私はカウンター席に座り、目の前にある完食したランチの皿たちを眺めていた。
 今日もいい《味旅行》だったな。
 本駒込の『盆栽割烹 しとり』、また来よう。
  
 会計を済ませてお店を出る直前、何となく今日の盆栽をチラ見する。
 それは、かすかに動いてお辞儀をしている―――かのように見えた。


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