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バー&ジェラートのお店で飲むカクテルシリーズ②

 むかしむかし、あるところに、世界征服をたくらむ種族がいました。

 最初は、地球上の隅っこのちっぽけな存在でした。しかも、あらゆる天変地異が来ようとも、その場所から動くことはほとんどできません。
ある程度の集団で過ごしていましたが、その数のたかがしれており、遠く離れた別の集団が何を考えてるのかも分かりませんでした。

 ところがある時、別の生き物がそのその種族を別の地域に運び始めたのです。
 その生き物は、ご丁寧にもその種族を細かく分け、とても広い地域で子孫繁栄を手伝ってくれたのです。
 その種族たちは、ようやく自分たちが世界を征服するチャンスが来たと同時に、ラッキーだと思いました。なぜなら、自分たちはほとんど何もしないのに、その生物たちが勝手に自分たちの勢力を広げてくれるからです。

 あれよあれよという間に、その種族はどんどん数を増やしていきました。しかも、その生物の体内に取り込み、なくてははならないにもなってきました。さらには、ただ栄養補給としてだけでなく、その種族を発酵させて飲み込むことで、とてもいい気分にさせる効果をもたらす飲み物まで発明してしまったのです。
 
 ホモ・サピエンスと呼ばれることになるその生物は、栄養補給としてのパンなど主食でその種族に年中身体を支配されることになるだけでなく、ビールやウィスキーなどにも発酵された種族に麻薬的に酔わされる日々が今でも続いています。
 しかし、ホモサピエンスは自分たちが征服されてることに気が付いてないどころか、その種族に感謝さえしていて、時々そのお祭りを開く地域もあります。
 その種族も自分たちはほとんど何もしないでこんなにも数を増やせて地球上のあらゆるところに生息できて、とても幸せです。
こんなにもいい共存・共栄関係があるでしょうか?

 その種族“小麦”は、今日も地球上のあちこちで勢力を広げ続けます。

「―――という話を今後書こうと思ってるんですよ。」
 四谷にあるバー&ジェラートのお店「ティグラート」のカウンター席で、ハイボールを一口飲みながら、バーテンダーに話しかける。

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 ハイボールといっても色々あるが、今日のはスモーキーなスコッチウィスキー「アードベック」をベースに、炭酸をステアしたシンプルなスタイル。
 飲み込んだ後、最初は苦みとスリリングな炭酸の刺激があり、そのあとでスモーキーな香りの余韻が喉から駆け巡ってきて、至福のひと時を提供してくれる。

 丸いカジュアルなメガネに、頭上で髪を丸く束ねる独特のファッションのSF好きなそのバーテンダーは、氷を削りながら答える。
「へぇなかなか面白いですねー。小麦が世界征服を企んでた、という発想がいいなあ。」
「その発想自体は、ユヴァル・ノア・ハラリ氏というイスラエルの歴史学者が、『サピエンス前史』という本で書いてる考え方です。まぁそれをベースに多少僕が脚色してるわけですが。」

 言いながら、私はまたハイボールを一口。
 タンブラーを置いて、改めてそれを眺めてみる。
 〆切を仕事が色々とたまってるのは分かっているが、この至福のひと時から離れられない。
 薄い褐色系の液体の中で氷をよけながら立ち上っていく炭酸の泡が、麦たちの勝利を祝祭しているように見えた。

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