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GWに気になった本&読んだ本

PHP普及局きっての読書家の書籍代は、毎月ウン万円。「彼が何を読んでいるか気になる」との声が社内でも多し……。そこで、自腹で買った本の魅力を語ってもらいました。

いつも捗る、自分の部屋の外での新鮮な読書

 PHPの京都本部で西日本の書店さんを担当させていただいている河崎亮と申します
 本連載は「こよなく書店を愛する私に読書日記を」ということでオファーをもらいましたが、コロナが猛威を振るうにつれ、読書の有用性が喧伝されるようになったのは周知の事実です。私も人生で、その時々の読書に助けられてきました。とはいえ、他人様に本を紹介するほどの見識には心もとないので、以下、個人的な備忘録「考えるヒント」(©小林秀雄)として書かせていただきます。拙い感想ですが、少しでもみなさまの参考になれば幸いです。

 連休を迎えるにあたり、昭和の日に本を買い込みました。その日は京都も雨が降っていて荷物も重く、家まで待ちきれず、喫茶店に入り込むとワクワクしながらページを開きました。本当は積読本、読みかけ本が山のようにあるのですが、自分の部屋の外での新鮮な読書は、いつも捗るものです。ちなみに私はペンを持ち、本に線を引いたり、書き込んだりする派です。

≪今月の購入リスト@大垣書店烏丸三条店にて≫
①『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』帚木蓬生 朝日選書 2017/4/25
②『アースダイバー神社篇』 中沢新一 講談社 2021/2/20
③『パーパス経営』 名和高司 東洋経済新報社 2021/5/06
④『職場の「感情」論』 相原孝夫 日本経済新聞出版 2021/3/24
⑤『理不尽な進化 増補新版』 吉川浩満 ちくま文庫 2021/4/10
⑥『心と体がラクになるセラピー』 寺田真理子 discover21 2021/4/25
※この本はワゴン展示されていたのが目に付き、つい購入してしまいました。

全表紙

 今回、小説については、宮本輝『流転の海』(新潮文庫)が読み終わっていないので、購入は我慢しました。
 読むのに時間がかかりそうな本は『パーパス経営』。上製本で厚さ500ページ(本体2,800円)、ちょっと見ただけで気を惹かれる単語、フレーズが満載です。タイトルの「パーパス(purpose)」は、目的や意図が語義で、経営戦略の文脈では通常「存在意義」とされるものですが、本書では「志」と読み替えています。「他者にとって価値のあることをしたいという信念、すなわち志(パーパス)だ」「資本主義の先にあるのは志本主義の時代だ」など。これは後の楽しみとして、今回の連休中は下記の2冊を読了しました。

■2021年4月29日
『心と体がラクになるセラピー』⇒読書は心のみならず身体も癒す

 最初の1冊は『心と体がラクになるセラピー』(もっとも薄くて246ページ、本体1,300円)。
 日本読書療法学会会長の著者が、読書セラピー、ビブリオセラピー、読書会について、その理論や実際(症例別の処方箋)、世界各国の事情まで紹介してくれます。
 「良好ナル書ハ百ノ医薬ニ勝ル」(17世紀の医師シデンハムの言葉)。アメリカでは図書館で本が処方され、イギリスでは読書の勧めが政府公認の代替医療として認知されています。日本では少年院や刑務所での読書セラピー事例もありました。知りませんでした、びっくりです。読書は心のみならず、身体も癒すそうです。
 「芋づる式読書術」というのも紹介されていますが、私の読書方法は、まさにこれだなぁと思います。おかげで、著者が例に挙げていたコミックの後半を再読してしまいました。連休の2日目は、一色まこと『ピアノの森』(講談社デジタル版)のショパン・コンクールのくだりを読み出したら止まらず、音楽をBGMにして何も考えずに一気読み。心癒される至福のひとときでした
 本書には、ほかにも参考になる知見や推薦図書が紹介されています。私はなかでも、著者が「安全な逃避ができる本」としてお薦めの翻訳作品(ラフィク・シャミ『言葉と色彩の魔法』西村書店)が気になりました(本体2,600円!)。著者は茂木健一郎さんの言葉を引用して、人間は精神的に疲れているときには、脳の活動が低下しても「美しいもの」を見ることで、食事など生存に欠かせない行為をするときと同じ脳の領域が活性化すると説きます。「美しさ」と「食事」が並列というのはちょっと待って、ですし、「美」を食して人は生きていけるのかと思いましたが、早急すぎたようです。ここでのポイントは、生存意欲の活性化のようです。とにかく柳田邦男さんが言うとおり、絵本のセラピー効果が高いのは間違いなく、絵本は重要な書籍ジャンルだと再認識できました。
 また、ほんの数ページ、電子書籍と紙の本という項目が採り上げられていました。紙の本を愛好する著者としては、電子化された情報よりも人の手の介在する職人的な感性や技術(紙の選定から印刷、本造りにかかわる人たちの想いまで)を称揚するのはもっともです。紙の本を文化として読みこなせるよう努めることは素晴らしいですが、電子書籍のあり方が変わっていくなかで、その受容については、よくよく考えなければならないと思いました。デジタル文化が人間の心身を癒すこともありえるのではないでしょうか(電源が切れたらお終いというデメリットはありますが)。


■2021年5月1日
『ネガティブ・ケイパビリティ』⇒「共感」能力の重要性と教育の必要性

 次に、上記著作で目にした『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』(254頁、1,300円)を早速購入して読みました。
 Negative capability、この単語に惹かれ、読み進めることになったのです。単語の意味はタイトルどおり。「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」を指すとのこと。精神科医であり、作家でもある著者が生きるうえで、踏ん張る力がついた概念で、「人生の生きやすさが天と地ほどにも違ってくる」と書いています。すごい。
終末期医療の現場でネガティブ・ケイパビリティは、医者が患者と同じような悲しみに満ちた態度で、じっと話を聞き、回復を辛抱強く待つことで力を発揮する。著者が長年経験してきた精神科診療所の現場でも、治療はできなくても、傷んだ心を少しでもケア(トリートメント)することで、いつか希望の光が射すことを願う、という姿勢だそう。著者の診療所(福岡県中間市)に来る市井の人たちの事例が、これまたすさまじい。高齢で職を得られない、嫁姑問題での不眠、家族のうつ病、アルコール・ギャンブル中毒、不倫と、どうしようもない身の上相談のオンパレードで、これは聞くほうは耐える能力がないと務まらないと、十分に納得させられるものでした。
 著者が実作家なため、文学についての言及も多々あります。そもそも「ネガティブ・ケイパビリティ」とは詩人キーツ初出の言葉だそうです。私はキーツといえば、学生のころ、『詩人の手紙』(冨山房)を手にした記憶があるぐらいでしたが、本書で芸術家の秘密がわかりました。また、シェークスピア、ベケットと続き、源氏物語から筆が進んで紹介となったフランスの作家ユルスナールの『源氏の君の最後の恋』(要約翻訳)も読んでよかったものでした。もはや輝きを失った光源氏の晩年にからむ花散里の哀れな後日譚です。文学的感銘を受けました。
 最後に、ネガティブ・ケイパビリティ発揮に欠かせない「寛容」がテーマとなり、ルネッサンス期エラスムスからラブレー、モンテーニュとユマニスト系譜の話が続き、現代の寛容なメルケル首相と不寛容なトランプ元大統領への政治的言及から、戦争、特攻、ルワンダ内乱と話が広がります。「寛容」が世界を支える精神だというのが最終章の結論であり、さらに最後の「おわりに」では、「人間の最高の財産」として「共感」能力の重要性と教育の必要性を説きます
 個人的には、最近になってでしょうか、心理学用語として「レジリエンスresilience(心の回復力)」という言葉がありますが、ネガティブ・ケイパビリティと一緒に考えてみたいと思いました。

 読み終わったあとですが、帯をよく見ると“コロナの災禍の時代に”とあり、“朝日・毎日・読売・日経新聞、大学WEBコラム~で話題に!”とあるので、初版と違う帯が巻かれているようです。私の版は今年1月の13刷なので、売れている本でした。コロナ禍に合わせて帯コピーを変えたのは正解だと思います。


■2021年5月3日
『理不尽な進化』⇒人間には使命がある

 同時に、並行して読み進めていた『理不尽な進化』の「理不尽な絶滅」という地球上で1億6千万年も栄華を極めた恐竜の運命が、ふと頭をよぎりました。『理不尽な進化』によると、恐竜の絶滅は、よく言われる進化の過程の自業自得ではなく、6万5百年前にユカタン半島に衝突した隕石衝突のインパクトのためで、運が悪かったとしか言いようがないものです。地球には過去5度ほど「ビッグファイブ」と呼ばれる大量絶滅があったとされています(それでも幸い、生命は続いていますが)。
 たかだか数万年の歴史しか持たない人新世の次から次へと降りかかる「不確実性(運の悪さ?)」に耐えに耐えて、その先どうなるというのか。待ち受けているのは、おそらく最悪のケース(たとえば人類滅亡)かもしれません。ですが、そのときまでは(いつかわかりません)、今のコロナに苦しめられる身近な社会を「寛容」や「共感」によって、少しでもよりよいものにしなくっちゃ、人間にはその使命があるというのが、相乗効果で広がった感想でした。読書の世界は時空を超えます。読書で考えることこそ、ネガティブ・ケイパビリティを鍛えるものではないかと思いました。


■2021年5月5日
『パーパス経営』⇒人間の欲求には第6段階があった⁉

 せっかくなので、まだ2章までですが、『パーパス経営』を読んだ感想をひとつ。
 行き過ぎた近代合理主義、科学主義の破綻は明らかで、とはいえ、それに代わる理念も見いだせていない現代はなんという時代でしょうか。みながこぞって求める自己実現の先にあるものは何か。マズローが1954年に『人間性の心理学』で提唱したモデルとして、人間欲求の5段階説があり【生理的欲求、安全の欲求(ともに「恐怖」が原動力)、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現の欲求(「欲望」が原動力)】、私は不勉強で知りませんでしたが、マズローは晩年『完全なる人間』で、その先にある、自己超越の欲求(「心」が原動力)という第6段階を説いていたとのこと。これは神秘主義でしょうか、あるいは究極の利己主義たる東洋の「利他主義」につながるものでしょうか。読み進めることにします。

 じつは連休に入って、アマゾンの講談社学術文庫電子版kindle50%ポイント還元セールに反応して4冊も購入してしまいました。つい思ったのですが、電子書籍の場合、「積読」は何というのでしょう(苦笑)。誰かいい造語を思いついて「流行語大賞」になるような時代が来れば、すごいですね。妄想です。それでも私は書店さんで背中を押されての衝動買いは続けます。もちろん、仕事をさせていただくためにお店に伺うのですけど……。

 最後に、私はPHP研究所の社員ですので、この連休中の読書で頭をよぎった松下幸之助(創設者)の代表的なキーワードを紹介します。それは「素直な心」「人間は万物の王者」でした。今回も私は何度か考えさせられました。いろいろ読書で考えるモノサシは必要だと思います。よろしければ、どうぞ弊社の松下幸之助著作を手に取っていただけると嬉しいです。とくに『道をひらく』(272ページ、本体870円)は、どの著作にも通底する「考えるヒント」(©小林秀雄)満載です。

 以上、慣れない文章で失礼いたしました。本を送るひとりとして、一日も早くすべての書店が門戸を開くことができることを、そしてひとりでも多く本を手に取る読者が増えることを、心より願っています。

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