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哲学online!🎓第12講 ムスリム #純丘曜彰 #哲学

12.01.01. アラビアとムハンマド

 キリスト教では、325年のニカイア公会議で、創造神・イエス・聖霊の三位を一体とする立場が正統とされ、異端とされた、創造神とイエスを別とするアリウス派は、その後、ゲルマン人に広まったものの、大教皇グレゴリウス一世以降のローマ・カトリック教会によるゲルマン布教で正統派への改宗が進みます。しかし、東方教会の方は、あいからわず問題を抱えていました。

J 東方教会では、451年のカルケドン公会議で、ローマ大教皇レオ一世の賛同も得て、コンスタンティノープル総主教のイエスの神性と人性の両性一位格の立場が正統とされて、二位格説のアンティオキア市ネストリウス派や、単性説のアレキサンドリア市キュリロス派は異端とされたんですよね。

 でも、ローマ・カトリック教会と組んで地中海世界を一時的に再統一した東ローマ皇帝ユスティニアヌス一世でも、異端とされたネストリウス派やキュリロス派を潰すことができなかった。東のネストリウス派は、もっと東のイラク北部のアッシリア、南のキュリロス派は、もっと南のエジプト南部エチオピアへ逃げて、その周辺に勢力を拡大。さらにやっかいなことに、両者の間のアラビア半島には、紀元70年のイェルサレム陥落で離散したユダヤ人もあちこちにいた。

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