見出し画像

インドのThe Bangalaにて怒涛のチェティナード料理教室。チェティナード料理とは一体なんなのか?

"The Bangala"という、かつて栄華を極めたチェティヤール商人たちの大豪邸を改造したリゾートホテルが南インドにある。
南インド料理ファンと話すと誰も彼もがそこでの体験を口にするのでいつか行かんと胸に秘めていたのだ。

毎日ランチはこんな感じ
金持ちはプールがお好き
食堂

ホテルなのだがレストランも兼ねており、豪勢なチェティナード料理の色あざかやな見た目とアロマも空間の装飾を担う。それも含めて当時の雰囲気を体験できる。ずっと住み込みで働き続けている使用人たちも多数いて、滞在するだけでも19世紀のインドの豪商になったような充実した気分になれるのだが、今回は全くゆっくりせず、朝から晩までひたすら料理を教わり続けた。

マサライブラリーもあるよ


東京でも人気沸騰中のチェティナード料理とは

東京でも「スリマンガラム」などチェティナード出身シェフのレストランが繁盛しており、「チェティナード料理」という知名度自体はますます広がり続けているようにも思える。でも、そもそもチェティナード料理ってなんなのか?

南インドタミルナードゥの料理の一つとして、インド国内外で最も有名な料理の一つとして数えられるチェティナード料理。チェティナード料理はNattukotai ChettiarもしくはNagaratharと呼ばれる、伝統的に金融や貿易に携わる商人カーストの人たちの料理であり、Chetthinadという名前自体も、chettiarの地(nad)というのが由来である。元々チェンナイの沿岸部の方に住んでいた人たちが災害で追われて、王様に土地をもらったという話がある。

彼らチェティヤール商人たちは海外でのスパイスや塩の貿易を通して東南アジア一帯まで勢力を拡大し、かつて19世紀頃に黄金時代を迎えた。そうやって財を成したのちに故郷にbangalaと呼ばれる豪邸を建て、インド国内はもちろんのこと、中国、ビルマ、セイロン、ジャワ、スマトラ、ベトナムなど広く海外から珍しい食材や調理法を持ち帰った。その影響は料理にも如実に表れている。例えばセイロンシナモンスターアニスの使用。インドでは基本的にカシアシナモンが使われるため、セイロンシナモンは珍しい。また、スターアニスは中国原産のものであり、南インドの方ではあまりレシピに登場しない。

また、ヒンドゥー教徒であるが商人カーストのため肉食のタブーが少なく、マトン、チキンはもちろんジビエとしてウズラやウサギなんかも食べる。カニ(ナンドゥ)も頻繁に食べるようだ。バンガラの食事でも実際にウズラペッパーマサラやナンドゥマサラ(カニ料理)が登場した。

そういった外来の料理や食材と土着の料理が融合し、豊富な資金力をふんだんにスパイスや材料につぎ込んだフュージョン料理というのは、チェティナード料理を説明する上での一つの角度ではあると思う。確かにチェティナード料理は南インド料理がベースにあるのは確かなんだけどどこか北インド、それもムグライ料理っぽいリッチ感と豊かなアロマがある。この、インドでありながらインドではない感じも特徴ではないだろうか。

当時はまだレストランなんてなかったから邸宅に料理専門のスタッフを雇い、夜な夜な饗宴が開かれていたらしい。

食べ物の話ではないがBangalaの建物や室内の調度品もインドっぽくない西洋のステンドグラスやランプ、琺瑯の鍋などが多くあり、当時のチェティアールの人たちが海外からいいものを持ち帰ってきて貴族的な生活を送っていたことを窺い知ることができる。
やがて20世紀に入るとチェティナード商人たちは一気に没落し、Bangalaは空き家となるところが多かった。今回宿泊したThe Bangalaは、当時の趣を残したままホテルとして改装された貴重な場所なのだ。


怒涛の料理教室。三日間で36品を教わった

ケーララ州コチを出た我々は夜行寝台バスでタミルナードゥ州マドゥライまで向かった。連日の暴食で胃が疲れていた上に寝不足だったが、マドゥライでは少しティファンを食べ、Bangalaからの迎えの車を待つことに。

全身黄色い服を着た人がパーティメンバーにいたため合流はスムーズに完了し、走ること1時間と少しでThe Bangalaのあるカライクディへ到着した。

到着するや否やまずはバナナリーフミールスを食べさせられる。これは歓迎の特別メニューなのかと思っていたが毎日のランチがこんな勢いでなんら特別ではなかった...。

泊まり込みで料理を教わる上で何が一番きついかというと、料理をちゃんと食べて味を覚えることだった。朝昼晩の食事がとても美味しくて次から次へと色々出てくるので全部食べたくなるが、それに加えて料理教室で作ったアイテムも自分達で食べなくてはならない。

基本的に朝と夜は白いライスはあまり食べないようで、朝はティファンが中心。夜はスープがスターターとなりノンベジ料理にティファンを合わせるような食事が多かった。

ティファン中心の朝食


料理教室の話に戻ろう。教わりたい料理を先生と話し合った結果、最終的に36品を教わることになり、毎朝9時から夕方6時くらいまでずっとキッチンにへばりついていた。熱心にずっとノートを取っているので「レストランをやるのか?この前も日本人が料理を教わりにきた」と何度も言われたが、レストランはやらない。ただチェティナード料理のことをもっと知りたいだけなのだが、そういう人は少数派なのだろうか。正解を知りたいのではなく、本当のところに少しでも近づきたいというか、自分なりの解釈を根拠づけたい。

以下、3日間で作った料理たち。さすがに詰め込み教育すぎワロタ。短い旅程上仕方がなかったが、我ながらかなり無理なスケジュールだったと思う。

1.Paal Paniyaram
2.Paak Kolakattai
3.Carrot Halwa
4.Mango Jaggery Pachadhi
5.Tomato Rasam
6.Tomato Rice
7.Idly
8.Dosai
9.Vadai
10.Pongal
11.Kavunarisi
12.Coconut Thuvaiyal
13.Shallots Sambar
14.Kuzhi Panyaram
15.Fresh Coriander Chutney
16.Vellay Paniyaram
17.Tomato and Red Chilli Chutney
18.Chow Chow kootu
19.Mandi
20.Okla Masala Fry
21.Potato Karuvattu Poriyal
22.Cabbage Poryal
23.Mushroom Pepper Masala Poriyal
24.Prawn Masala
25.Fish Kozhambu
26.Fish Masala Fry
27.Mutton Uppu Kari
28.Egg masala
29.Chicken Pepper Masala
30.Chicken Biryani
31.Chai
32.Lassi
33.Parotta
34.Mutton Keema
35.Mutton Kola Ulundai
36.Brinjal Kala Kuzhambu

チェンナイでも教えているというShivakami先生が何から何までつきっきりで説明してくれて、料理ごとにそれぞれに強いシェフたちが代わる代わる教えてくれた。あまりの手際の良さについていけなくなることもあったが、疑問点があるたびに先生はこちらの意を汲んでわかりやすく説明してくれて、普通にシェフに質問しただけではなかなかわからないようなことが度々解消されていった。
インドにしてはなかなか高額ではあったが至れりつくせりの良い体験だった。

特に印象に残った料理をいくつかピックアップ。

多様なパニヤラム

kuzhi panyaram
vellai panyaram

「ドーサと同じ生地を使った具なしたこ焼き」という程度の理解しかしていなかったパニヤラムだが、実際には甘味もあったり揚げバージョンもあったりとバリエーションが豊かな料理という発見があった。

日常的に食べられているティファン類はローカライズやフュージョンが起こりやすそうであり、まだまだ知られていない料理やこれからの新しい料理なども生まれていくのだろうと思う。

Mutton Uppu Kari

俺の知っているウプカリではなかった。ウプは「塩」なので、スパイスを最小限に使って作り上げる料理がウプカリなのだが、それでもフェンネルやブラックペッパー、ターメリックなどが入るレシピしか見たことがなかった。しかしここで教わったウプカリで使用するのはグンドゥチリというローカルの唐辛子だけ。種をとり、黒焦げになるまで加熱したものを使う。唐辛子だけだが旨味が抜群に出ており大変に美味しい。よく焦がしているからか、あまり辛味もない。

Lassi

自家製のヨーグルト(カード)をミキサーにかけて砂糖を加えただけ。インドのヨーグルトはモロモロして水分が分離しやすく、やたら美味しいという印象がある。牛乳自体が濃いのか、菌が違うのか。とにかく美味しくてやたらと飲んでしまった。

あと、なんと言ってもビリヤニ。常に食べ続けていて全くお腹が空いていないはずなのに、ビリヤニの香りを嗅いだ瞬間一気にお腹が空いて食べられるようになってしまった。不思議だ。

新たな発見に溢れた怒涛の三日間はあっという間に終わり、最後にレシピブックとエプロン、受講証明書が授与された。お疲れ様でした。

Shivakami先生


チェティナード料理のことがわからない

The Bangalaを出た後マドゥライや日本のレストランでもいくつかチェティナード料理を食べてみたが、唯一分かったのは「チェティナード料理のことがわからない」ということだった。チェティナードチキン一つ取ってみても店によって全く味が違う。ある程度共通する特徴はあるにしても、なかなか難しい。

かつてチェティナードマンション中で使用人たちによって作られていたチェティナード料理は気づけば形式化し、外食ジャンルとして定着して行ったという経緯がある。本質はどこにあるのだろうか。The Bangalaの料理は美味しかったが、それはあくまでバンガラ解釈の料理であって、それだけがチェティナード料理なのではない。

今や世界中に散り散りになっているかつてのチェティナード商人がいまや銀行マンに姿を変えているように、チェティナード料理も伝播するに従って二次的、三次的に変化し、伝説の存在になっているのかもしれない。

そういえばカライクディの街でアンティークショップのインド人に声をかけられ、通りを案内してもらった。「スズキ!スズキ!」と何度も言われるので写真を見てみると砂の岬のオーナー夫妻ではないか。聞けばコロナ前は毎年のようにこの街に通われていたという。お店の内装もアンティークで有名なカライクディのものが使われているそうだ。

今回日本に帰ってから『Chalo India苔探し編』を参照したらちゃんとご夫妻が登場しており、チェティナード料理について話す場面があった。

「チェティナード料理って、いったい何なの?」
鈴木君は、しばらく黙って、それから絞り出すようにこう言った。
「それが、わからないんですよ……」

「チャローインディア苔探し編」p.34

それだけ毎年通われているご夫妻でも全くわからないという。お二人の人柄を考えるにかなりの謙遜を含んでいるのだとは思うが、こういいたくなる気持ちもわかる。

ともかく日本に帰ってきた。東京の暮らしは回り続けるが俺の旅はまだまだ続く。ひとまず今手元にあるものを使って、「俺の」チェティナード料理を作ってみるしかなさそうだ。

参照:
『食べ歩くインド 南・西編』
『チャローインディア2018苔探し編』
『THE BANGALA TABLE』




10月はチェティナードゼミを開催

チェティナードのことが結局全然わからないのでもっと考えたいと思い、noteメンバーシップを活用してチェティナード料理研究活動を1ヶ月間行います。

まずオンラインでキックオフMTGを行い、実際に集まって料理を作ったり、食べたり、ひたすらレシピ本を漁ったり料理を作ったり食べたり考え込んだりします。

メンバーシップ参加者はこちらの情報集約用noteが閲覧可能です。1ヶ月後には宝物になっているといいですね。


秘密メモ:今回の料理教室で特に勉強になったこと

以下はあんまり人に言いたくないようなことを書きます。

ここから先は

648字 / 9画像

いただいたサポートは全てカレーの材料費と東京マサラ部の運営資金となります。スキやSNSでのシェアもお願いします。 インド料理やカレーの本を出したいです。企画案がたくさんあるので、出版関係の方、ぜひご連絡ください。