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12年越しの夢を叶えた東京での新たな暮らし

12年越しに将来の夢を叶えた社会人1年目の春、私は東京で一人暮らしを始めた。

そう、私は長年の夢だった薬剤師になったのだ。

私が将来の夢に「薬剤師」と掲げたのは、小学6年生のころだった。小学生のころに薬剤師という職業を知っている子どもなんて、どれだけいるのだろうか。

私は小さいころ体が弱く、小児喘息とアトピー性皮膚炎を患っていた。毎月の通院は恒例行事で、母に連れられて病院と薬局をはしごした。

本を読むのが好きだった私は、待合室に置いてある絵本や漫画を片っ端から読むのが通院の楽しみだった。こじんまりとしたクリニックはいつも混み合っていたけれど、本を読んでいれば時間はあっという間に過ぎた。

でも、残念なことにクリニックは図書館ではない。本棚に置かれている本のラインナップが変わることはほとんどなかった。毎月通っていると、次第に読む本がなくなっていってしまった。

当時の私は活字中毒で、文字が読めさえすればなんでもよかったのだと思う。患者さん向けに病気の解説をしていた小さなパンフレットに目をつけた。そして、それも片っ端から読み漁っていった。

幸いなことに、パンフレットは季節ごとに一部が入れ替わる。春は花粉症、夏は流行り目、のような感じで。だから私は、飽きることなく読み続けられた。ときにはパンフレットを家に持ち帰って、大事にファイリングすることもあった。

薬局でもらう薬の説明書も、当時の私にとってはお宝だ。薬の説明を隅から隅まで読んで、病院でもらったパンフレットと一緒に大事にファイリングした。その時の私の目は、きっとキラキラと輝いていたと思う。

そうして私は、だんだんと薬に興味をもつようになっていった。もっと薬に詳しくなりたい、お薬博士になりたいと思うようになったのだ。私にとって身近なお薬博士といえば、それはもう薬剤師さんしかいなかった。

高校生のころ、生理痛がひどくて漢方薬を飲んでいたことがある。その日は別の病院にかかっていて、薬局で「何かほかに飲んでいる薬はありますか?」と聞かれた。

お薬手帳を忘れてしまった私は「ええと、確か漢方の23番だったと思うんですけど……」と、曖昧な記憶を辿りながら答えた。そうしたらその薬剤師さんが「ああ!当帰芍薬散ですね」と、一瞬で薬の名前を導き出したのだ。

その瞬間、私の薬剤師に対する憧れと尊敬はいっそう強いものになった。「すごい、本当にお薬博士だ」と。

私も大人になったら、あのカウンターの向こうから患者さんにお薬を渡せるようになるんだ。

それが、幼いころ私が描いた夢だった。

そして今年の春、私は12年越しにその夢を叶えた。

大学時代も千葉で一人暮らしをしていたので、一人暮らしに対する不安はあまりなかった。むしろ、東京23区内で暮らせる喜びと、学生時代よりも広いマンションに住める嬉しさで、私の胸は躍っていた。

住まいは東京都内だが、出勤は埼玉県の薬局だった。通勤ラッシュと反対方向の電車なので、のんびりと座って通勤できるのがありがたい。

3か月間の学生実習で実際に薬局の仕事を体験していたとはいえ、一薬剤師としてカウンターに立つのは初めての経験だ。患者さんから見たら、新人だろうとベテランだろうと、同じ薬剤師であることに変わりはない。

毎日覚えることは山のようにあって、必死で喰らいつく日々。次から次へと患者さんがやってきたときは、自分が何をしたらいいのかわからず指示待ちになってしまうことが、先輩や上司に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

それでも、患者さんから「ありがとう」と言われた瞬間に、仕事の疲れは癒された。小さいころ憧れたカウンターの向こう側に自分が立っていることに、誇りを感じる瞬間でもあった。

家に帰れば、学生時代よりも広々とした1K8畳の部屋が私を出迎えてくれる。千葉の家は洗面所とお風呂が一体化した間取りだったが、なんと東京の家は独立洗面台付きだ。

練馬区で駅から徒歩1分のオートロック付きマンション。会社からの補助が出て月3万円で住んでいる。普通の社会人1年目の給料では、決して住めない間取りと立地だろう。ありがたい。

憧れの職業に就けた喜びは大きいが、それでも慣れない仕事で朝から晩まで働くのは、なかなかに体力も気力ももっていかれる。

そんな私のささやかな楽しみは、家の近くにある成城石井でちょっといいお酒とおつまみを買って、晩酌することだ。家の近くに成城石井がある環境も、田舎暮らしではなかなか手に入らない。

今日はどのお酒にしようかと選ぶ時間も、家に着いてパパッとシャワーを浴びてからビールの栓をプシュっと開ける瞬間も愛おしい。頑張ってきた自分を労っている感じがして好きだ。週末はバス1本で吉祥寺まで行って、カフェ巡りでもしようかと思いを巡らせる。

これからの社会人生活が、どうなっていくのかは自分でもわからない。「薬剤師になる」という大きな夢を12年かけて叶えて、少し燃え尽き症候群になっている感じすらする。

それでも一歩一歩着実に、薬剤師としてのキャリアを積み上げていきたい。「在宅医療を支える一人前の薬剤師になる」という新たな夢への道のりは、まだ始まったばかりだ。

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