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スローダンス その2

オギさんは末期ガンと診断された。
忙しさにかまけて、
少々体調が悪くても病院には行かず、
発見が遅れたのだった。

「状態を説明するために現場に来られた奥さんの顔がね……。
もうがっくり来ててさ。
十も一気に老け込んだように見えて。
あれは忘れられないなあ」

手術はしたものの、
ガンはあちこちに転移していて、
もはや手の施しようが無かった。
そして何度も手術できるほど、
オギさんに体力は残っていなかった。
以前からスレンダーだったオギさんの身体は、
いまや枯れ木のようになっていた。
目は落ちくぼみ、肌は乾燥し、
頬はげっそりとこけている。
誰の目にも明らかだった。
オギさんに残された時間はあとわずかであることが。


だがオギさんは病院のベッドにいる時も、
まるで念仏を唱えるかのようにずっと繰り返していたらしい。
――俺がやらなきゃ誰がロボットんを動かすんだ。
あれはロボットだ、
動きたくても自分の意志じゃあ動けないんだ、と。

「テレビ局サイドも、
いよいよもって次のアクターを探そうということになってね。
その間、
ロボットんはOA上でも〈定期検査中〉ってことにしてたんだよ」

ロボットんの〈定期検査〉は、
2週に渡って続いていた。
取り合えず、
制作会社が若手のスーツアクターを探して来て、
来週の放送は何とかなるか……
というところまで持っていった。


ロボットんが番組に出なくなって3週目。
放送の前夜、オギさんは病室で大量に吐血し、
集中治療室へ直行となった。
意識不明の状態だった。
担当医師は、
すぐさま家族を呼ぶよう事務員に命じた。

「その夜がヤマになると医者は言ったらしいけど。
……でもオギさんは朝になっても、
まだかろうじて生きてたんだ。
もちろん意識はない状態でだけどね。
で、ついに――」

番組は始まった。
スタジオにはただならぬ緊張感が漂っていた。
一介のADだったMさんも、
ロボットんが登場する場面ではさすがに動悸が激しくなった。

「……出てきたロボットんを見るなり、
ぽかぁん、さ。
いや、もちろん俺だけじゃなくてね。
スタジオにいたみんなが、ね」


その日、
Mさんとスタジオにいたスタッフや演者全員が、
信じられないものを見た。

「いやもうね、
ダンスが巧いとかってレベルの話じゃないんだな。
若くて動けるアクターが中にいるんだから、
ダンスなんてできて当たり前。
そういうんじゃなくて、あれはもう――」
<つづく>


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