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悪夢的な記憶 その2

悪夢か現実かわからない思い出、2つめ。
これは中学生の頃。たしか1年生だった。


その頃住んでいた家から、
電車で2駅ほど離れた場所に廃工場があった。
僕はその廃工場が好きでたまに見に行っていた。
といって厳然たるおこずかい制だった当時のこと、
余分なお金を持っていたわけでもないので、
その廃工場までは自転車で通っていた。

工場の周辺は空き地になっており、
身の丈を越えるほどの雑草が生い茂っていた。
空き地の外側には、
ぐるりと有刺鉄線が張りめぐらされており、
工場に入ることはできない。
なので、有刺鉄線のすぐそばに自転車を停め、
そこから工場を見た。


その辺りは人通りも少なく、民家の数も数えるほど。
僕は誰に邪魔されることなく、
放課後の時間をたっぷりと使い、
どこか有機生命体を思わせる、
配管に覆われたコンクリートの壁面に酔いしれていた。

ふと、窓に目をやった。
工場の4階部分の窓がひとつだけ全開になっている。

それだけではない。
窓際に、女性がひとり立っている。
遠目にも色白であることがわかる、
髪の長い若い女性だ。
紺色っぽいワンピース様の服を着ている。
窓枠の大きさは、女性の頭から骨盤の下あたりまで。
女性はその窓枠の下部分に両手をかけ、
遠くを見ている。
その背景は、不気味なほど暗い。


――なぜ廃工場に人がいる?
誰もいないはずだ。中には入れないはずだ。
関係者?
でも、作業服とかを着ているならまだしも、
ワンピースを着た女性? 違和感しかない。

とにかく。
向こうがこちらに気づいている様子はない。
僕は女性をそっと監視し続けることにした。


数分後。
ことは唐突に動いた。
女性が、後ろから何者かに抱きすくめられたのだ。

いや……抱きすくめられた、
という表現は正確ではない。
どちらかというと、確保された、
という抱きしめられ方だった。

やたらと細長い2本の腕が、
背後の暗闇から現れたかと思うと、
女性の肩と胸の間辺りに素早く巻き付いた。
巻き付いた、と表現したのは、
本当に腕が細長かったからだ。
そして抱きしめているはずなのに、
女性の背後には誰の姿も見えない。
暗闇だけだ。
暗闇から伸びる、妙に細長い腕が2本。
あとは何も見えない。闇に溶け込んでいる。


僕は呆気に取られた。
声を出したら危険かもしれない、とかではなく、
シンプルに声が出なかった。
しかし、それで終わらなかった。
次いで2本、
また細長い腕が背後からバッと現れたのだ。
その2本は、
女性のへその上辺りに素早く巻き付いた。
さらに2本。
それらは骨盤の上辺りに巻き付いた。

合計6本。
不自然に白く妙に細長い6本の腕に、
窓辺の女性はまるで蜘蛛の巣にかかった羽虫のごとく、
念入りに絡めとられていた。


僕はうめき声さえ発することができず、
まんじりともせずその様を見ていた。
と、女性がアンニュイな雰囲気でゆっくりと窓辺を離れ、
自分の手でするすると窓を閉めた。
窓ガラスはひどく汚れていて、
閉められると中の様子はまったく見えなくなった。

僕は音を出さないよう自転車にまたがると、
つとめて何事もなかった、
何も見なかったかのように自転車を走らせた。

家に帰ってから、
ベッドに横になってじっくり考えたが、
やはり自分が見たものが何だったのか理解できなかった。
やがてうとうとと眠ってしまった。


……以上である。
あれが実体験だったのか悪夢だったのか。
はたまた、記憶の捏造か。
件の廃工場は、
もちろん現在は取り壊されていて痕跡すらない。



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