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最後の一葉 その1

とても信じられないような話だったが、
Rさんは仕事熱心で真面目な人だ。
彼女が大きな目を見開いて、

「絶対に。絶対にほんとの話なんです」

と言うからには、これは信じるに値する話なのだろう。
今から20年ほども前の話だ。


「とにかく毎晩PCにメールが来るんです」

当時、彼女は受験生だった。
憧れの先輩がいる大学に必ず合格する。
そして幼い頃からの夢である看護師に必ずなってみせる。
Rさんはそう心に決めていた。

受験勉強は辛かった。
Rさんが受験しようとしている大学の偏差値はかなり高く、
彼女にとっては少々無謀な挑戦だった。
学校。バイト、勉強。そして最近うまくいっていない彼氏との恋。
Rさんは何足ものワラジを履きこなそうとやっきになっていた。

疲れとストレスの溜まる、睡眠不足の毎日。
そんな日々に、そのメールは舞い込んだ。


『○月○日。努力は人を裏切らない』

日付は今日。
たった一行だけのメールだ。
差出人は不明。
メールアドレスは見覚えのないものだ。

「最初は、??って感じでした。広告っぽくもなかったし。スパムかな、とも思ったんですけど」

間違いメールということにした。
しかし、それは一通だけではなかった。
それから毎日一通、約三百日間。
Rさんのパソコンにはメールが届き続けた。


『○月○日。ボクシングにラッキーパンチはない』

『○月○日。努力した人がすべて夢を掴めるわけではない。
 しかし、夢を掴んだ人はすべて努力している』

『○月○日。怖れるから不安になる。乗りこなそうと挑めば不安は友達になる』

『○月○日。辛い時とは成長している時。楽な時とは成長が止まっている時』

それらはこんな内容のものだった。


「最初は正直不気味でした。だから送信先間違ってますよ、って返信しようとも思ったんですけど」

どんな思想を持った人間かもわからなかったので、コンタクトを取ることが怖かった。
しかし、何通も受け取っているうちに、Rさんの心境にも変化が現れた。


『○月○日。明日がある、と思うだけでどうしてこんなに嬉しくなるんだろう』

というメールを読んだ時。
Rさんははじめてこのメールを心待ちにしていた自分に気付いた。

不思議だった。
Rさんが今日はちょっと楽しちゃったな、と思うと、

『明日からはじめよう、と思うことは今日からはじめよう』

というメールが届く。
失敗してへこんだ日の夜には、

『自分だけの力で生きていると思うから辛い。一人じゃないんだ。それだけで幸せなんだ』

というメールが届く。


「その頃にはもう、夜に自分の部屋でパソコンのメールボックスをチェックするのが楽しみになってたんですね」

知らず知らずの間、徐々に、確実に、謎のメールはRさんの心の支えになっていった。
<つづく>




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