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lullaby その1

『それは彼が、生まれて初めて書いたオリジナルソングなんです』


Rは十七歳でギターを買った。
それまで楽器など弾いたこともない。
音楽的なセンスがあったわけでもない。
そんな彼がギターを買った理由は一つ。
彼の幼馴染であり、また初恋の相手であり、
フォークデュオでボーカルとして歌ってみたいというWさんがそう望んだからだ。

WさんとRは仲が良かった。
幼馴染といって、
思春期の訪れとともにヘンに意識しあうようなこともなかった。
同じ高校に、毎日一緒に登下校していた。
周知のカップル、というよりは周知の幼馴染。
二人がいつも一緒にいることは見慣れた風景のようなもので、
クラスメイトから冷やかされるようなこともなかった。

『そんな二人だったから、
彼女にとってフォークデュオを組む相手としては彼しか考えられなかったんですよね』


Rにとっては喜ばしい出来事だ。

「フォークデュオ組まない?」

と彼女に言われた時、
しなくてよい余計な想像までついついしてしまった彼だが、
もちろん快諾した。

かくしてRはギターを手にすることになる。
中古楽器屋で、そのフォークギターは五千円だった。
ただ、Rには危惧している点もあった。
Wさんは軽度の難聴だったのだ。


「だーい丈夫だって補聴器つけてるし。
あたしがきっちり歌えてるの知ってるでしょ?
大体アンタ、
難聴の人間が聞こえないくらいちっちゃい音でストリートに出るつもり⁉」

WさんはRにそう言うとカラカラと大声で笑った。

Wさんの音楽の趣味もよくわかっている。
フェイバリットはチャゲ&飛鳥。
ギターを触ったことのある方ならお分かりだと思うが、
ビギナーにチャゲ&飛鳥はちょっとハードルが高い。
しかしRは練習に励んだ。
何しろRにとってWさんは大切な幼馴染。
確かに初恋の相手ではあるものの、
そこから一歩踏み出したことはない。
踏み出すことは怖かったし、
極めてプラトニックな今の関係に彼は満足していた。

『もちろん彼は、彼女を愛していたんだと思います』

確かに体の疼きは感じていた。
Wさんの長いさらさらな髪が風に踊っている時など、
覚られないようにその香りを胸いっぱいに吸い込んでいたし、
白くて細いむきだしの手足をこっそり盗み見たりもしていた。
とはいえ、
そういった行為だけでもう胸がいっぱいになっていた。
それこそ彼が彼女を愛していた所以なのかもしれない。
それほどまでにピュアに、
RはWさんを想っていたのかもしれない。
だからこそ彼は踏み出すことを恐れていた。

(このままでいい。このままがいい)

おまじないのようにRは胸につぶやく。
そして毎日チャゲ&飛鳥の“LOVE SONG”を練習した。
WさんはWさんで、
同じ中古楽器屋で買ったレトロな型のマイクをいつも鞄に入れ、
お守りのように持ち歩いていた。

そして河原などでRと練習をする時、
アンプにもつないでいないそのマイクで歌った。
RはWさんの歌に合わせ、
一生懸命にギターをかき鳴らした。
<つづく>



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