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スローダンス その3

オギさんの生き写しだった、という。

他の2体と微妙にズレているようで、
妙にリズム感がいい。
でもカッコいいとか洗練されているとかではなく、
とにかくスローで野暮ったく、
オーバーアクションなところがやけに面白い。
あの絶妙な動き。あの独特の間。
思わず笑ってしまう、あのセンス。
オギさん以外誰もできるはずのないダンスを、
スタジオのロボットんは見事に再現していた。
現場は大いに湧いた。
思いもよらぬ後継者の登場に、
番組の制作陣は心から喜んだ。


「……でも、
これはそんな安易な話じゃないんだ。
だってね――現れちゃったんだよ。
その時スタジオに、
決して現れてはいけない人物がさ」

半泣きになりながらスタジオに駆け込んで来たのは、
あの若手のスーツアクターだった。
大げさなくらい何度も頭を下げながら彼は遅刻を詫びた。
そしてしどろもどろに、
ゆうべ遅くまでロボットんの動きの反復練習をしていて、
あまりに疲労して眠り込んでしまい、
寝過ごしてしまったことを告げた。

スタジオにいるスタッフ全員が絶句した。
そしてゆっくりセットの方を振り返り、
元気に踊っているロボットんをもう一度よく見た。


……じゃあ。
あれは、誰だ?
いま、ロボットんの中に入っているのは誰なんだ?
いったい誰がロボットんを動かしてるんだ?

何事もなかったかのように、
ロボットんはテレビカメラに向け、
大きく両手を振っている。


かくして時計は9時30分を指し、
生放送が終了した。
演者たちの大きな拍手に比べ、
スタッフたちの拍手はまばらだった。
ロボットんは確かな足取りでセットを降りると、
スタジオの隅まで歩き、
パイプ椅子にどっかりと腰を下ろした。

「いやもう……現場は騒然、
というか静まり返ってた。
俺たち今、
とんでもない怪奇現象を目の当たりにしてるんじゃないの?
って雰囲気だったね」

フロアDが、ロボットんにこわごわ声をかけた。
あの……中にいるの、誰ですか? と。
ロボットんは、返事をしない。
座り込んだまま、微動だにしない。

再度、フロアDが声をかけながら、
着ぐるみの頭部に手をかけた。
その瞬間、
ロボットんの首が外れてごろりと前に転がり落ちた。
女性スタッフが悲鳴を上げた。
着ぐるみの中は、空っぽだった。
と、厚みを保持していた布の部分がへちゃっ、
と平らに潰れた。
それまで中にいた何かが、
急に消失したかのように。
そのままロボットんは横倒しになり、
スタジオの床に転がった。
さらに幾人かが悲鳴を上げた。

フロアDは言葉を失ったまま、
震える手でロボットんに触れた。
むっとするような体温など少しも感じられない。
今しがたまで人が着ていた形跡など、
欠片もなかった。
ロボットんは、死んでいた。

「これは後で聞いた話だけど。
プロデューサーの1人が、
OA後すぐ病院に電話したらしいよ。
……で、オギさんが少し前に亡くなったことを、
奥さんに聞いたんだ。死亡時刻は――」

午前9時31分。
生放送終了直後、
ロボットんがちょうどパイプ椅子に座った辺りだ。

奥さんの話では、
生放送が始まる1分前。
デジタル時計が8時59分を表示しているとき、
意識のないはずのオギさんは、
はっきりした声でつぶやいたそうだ。

「よろしくお頼み申しますッ」

と。

OA中、ずっと苦しそうにしていた。
歯を食いしばり、むむ、とか、
うむっ! といった声を出していた。
奥さんは涙を流しながら、
「がんばって、がんばって」と励まし続け、
手を強く握ろうとした。
が、その手さえ振り切って、
オギさんはもがいたそうだ。

そして9時31分。
オギさんの身体からがっくりと力が抜けた。
奥さん曰く、
その顔は充足感にあふれていたという。
まるですべての力を出し尽くして、
自分がやるべき仕事をやりきったかような。
そんな安らぎをたたえた、
やわらかな、
そしてどこか誇らしげな笑顔だった。


「俺もあのあと、興味本位で調べたんだよ。
――付喪神っていうんだって?
想いの込められた物が神様になる、とか」

でも俺はそんなオカルト信じちゃいないよ、
とMさんは言った。
奇跡を至近距離で目撃したにもかかわらず、である。

「怪異とか、付喪神とか……。
そんなのはどうだっていいんだ。
ロボットんが、オギさんがこの世に遺したもの。
それだけで十分なんだ。
だって、現に君も覚えてるだろ?」

もちろん覚えている。
たまに風邪なんか引いて学校を休んだ日、
布団の中でまどろみながら観た、
あのおんぼろロボット。
あの絶妙な動き。あの独特の間。
思わず笑ってしまう、あのセンス。
たくさんの子どもを虜にした、
あのスローなダンス。
忘れられない。

たぶん、この先ずっと忘れることはないだろう。



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