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カセットテープ その1

O君は今、大阪の某クラブでDJをしている。

彼とは学生時代からの付き合いだ。
ファッションに敏感で、
日本ではまだ流行っていない音楽にも詳しかった。
当時からずっとバンドをやっていたし、
そんな音楽好きが高じて今はレコード回しに精出しているのだ。


彼が当時参加していたバンドは、
当時関西アンダーグラウンドシーンではわりと名が通っていた。
O君はギターを担当していたが、
作曲はもっぱらO君の仕事であり、
おのずとサウンドコンポーザー的立場も担うようになっていた。

彼の自宅にはMTR(マルチトラックレコーダー)という、
当時の僕達のバイト代水準ではかなり高価といえる機械もあった。
今もこういった専門機器があるのかどうかは知らないが、
まあつまり多重録音できる機械だ。
リズムマシーンで作ったリズムをMTRで再生しながら、
そこにベースやらギターやらをどんどん重ねてゆけるワケだ。
一人録音、という言葉に“一人録音=クラい奴”という意味を重ねて、
“タクロク(オタク録音)”と言われていた。

こんな言葉ももうないかもしれない。
三十年前の話である。


僕達がO君の家にタムロしている時に、
彼が「面白いテープを手に入れた」と言いながら、
ケースが傷だらけの古いカセットテープを見せた。

O君がよく出入りしていたライブハウスの、
常連のバンドマンから回ってきたものだという。
最初に誰がどこで手に入れたものかはわからないが、
アフリカの司祭音楽らしい。

その時そこにいたメンバーは僕とO君、
そして以前このシリーズで紹介した、
『幽霊について』という話に出てきた霊感の強い男・Kもいた。

三人でその司祭音楽を聞いた。
遠い場所から響いてくる単調な太鼓のリズムに、
低い笛の音と高い笛の音が重なっていた。
笛の音は前に行ったり後ろに行ったり、
ふわふわと不安定で不思議な旋律を奏でていた。

僕とO君は、
聞いたことのない珍しい音楽に興味深々だった。
ただKだけが渋い顔をした。

「あんまり縁起のええもんやなさそうやなぁ」

そう言ったきりテープには興味を示さず、
そっぽを向いてマンガを読みはじめた。


「このテープをベースにして、とにかく不気味な音を作ろう」

というのはO君の提案だった。
僕はそういう提案が大好きなので、とりあえず乗ることにした。

リズムマシーンで作った木琴のような音、
歪ませてチューニングを狂わせたギター、
シンセサイザーで作ったハウリング音などを組み合わせ、
僕とO君は世にも怪奇なテープを作り上げたのだ。

できた音は、これはもう実に不気味なものだった。
どこに国にも属していない。
何のジャンルにも属していない。
計算して作っていなかったとはいえ、
僕達はこの偶然の産物に恐怖し、
また新しいものを産んだことに喜びもした。
<つづく>


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