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スローダンス その1

MさんがTV番組の制作会社を辞めて、
もう20年になる。
これはMさんがまだ現役バリバリのTVマンだった頃の、
とても不思議な話。
なので、今から40年ほども前の話だ。

「朝9時からやってた、
生放送の子ども向け番組だよ。
○○××ってやつ。
関西しか流れてなかったんだけどね。
知ってる?」

知ってた。覚えている。
たまに風邪なんか引いて学校を休んだ日、
布団の中でまどろみながら観た記憶がある。
新人だったMさんはその番組でADをやっていたらしい。

内容自体はよくあるタイプで、
30分の中に主要キャラのショートアニメがあり、
〈作ってあそぼ!〉的な視聴者体験型のコーナーがあり、
最後は主要キャラ達の着ぐるみが、
複数の子どもとダンスするコーナーで番組終了となる。

たしか主要キャラが3体いた。
その中の1体がロボットん(仮称)という名で、
3体の中でオチに使われるキャラだった。
出来損ないのおんぼろロボット。
気は優しくて力持ち。
でもちょっとのんびりが過ぎる。そんなキャラだ。


そのロボットんのダンスが、
また何とも言えない良い味を出していた。
他の2体と微妙にズレているようで、
実は妙にリズム感がいい。
でもカッコいいとか洗練されているとかではなく、
とにかくスローで野暮ったく、
オーバーアクションなところがやけに面白い。
今思い出ししてもニヤニヤしてしまう。
演者が、
抜群のリズム感と高度な笑いのセンスを持っていたとしか思えない。
子ども達からの人気は主要キャラ中最下位だったが、
ダンスのコーナーではロボットんが一番人気だった。
何しろ周りで踊っている子ども達が、
いつもニコニコ本当に楽しそうだったのだ。


「着ぐるみアクターはオギさん(仮名)という方でね。
業界では有名な長老。
で、名人とか言われてた人さ」

オギさんは、
ロボットんに入っていた当時でもう60歳を過ぎていた。
これは着ぐるみアクターとしてはとっくに引退しているべき年齢だ。
現在のそれに比べ当時の着ぐるみの素材は重く、
通気性も極めて悪かった。
重量にして10キロ超。
それを着て踊るのだ。時には何十分も。
真夏のイベントなどにおける暑さが、
まさに地獄の様相であることは容易に想像がつく。

オギさんの場合は、
夏のイベントが一通り終わった10月くらいになると、
汗をかき過ぎて15キロ以上も体重が落ちていることもあるらしい。
実際、イベント公演や番組の収録が終わった後、
周囲のスタッフが心配になるほど消耗しきり、
座り込んでいるオギさんの姿を、
Mさん自身も何度か見たという。

「もう引退するか?
なんてテレビ局のお偉いさんに何度も言われてたみたいだけどさ。
オギさんはそれを全部突っぱねてたんだな。
俺以外に誰がロボットんをやれるんだ! ってね」


確かにそうだ。
あの絶妙な動き。あの独特の間。
思わず笑ってしまう、あのセンス。
オギさん以外に誰ができよう。
テレビ局サイドも、
本心としては人気番組の人気キャラを演じられる
唯一の人間を降板させたくはなかった。
何よりオギさんがあの番組に、
そしてロボットんに並々ならぬ愛着を
抱いていることを知っていたのだ。

オギさんは生真面目な性格だった。
スタジオ入りする直前、
オギさんは必ず低く、ドスの利いた声で、

「――よろしくお頼み申しますッ!」

と、ロボットんの中から言い、頭を四方に下げた。
まるで時代劇か、
さもなくばそっちの業界の方の挨拶である。

そして収録が終わると、
オギさんは必ずロボットんの中を、
蒸しタオルを何枚も替えて丁寧に拭き清めた。
拭き作業は、
夏場など2時間に及ぶこともあった。
それを、
オギさんはまた汗だくになりながら黙々と続けた。
次に外側を仔細に点検し、
汚れがあれば拭き取り、
生地にほつれがあれば持参した針と糸でつくろった。

出来損ないのドジロボットの表面には、
よくよく見れば細かい縫い目や修繕のあとがいくつもいくつもあった。
そのすべてが、オギさんの熱い想いの証しだった。

「ほんとにね、あれには誰もが感心してた。
頭が下がるよ。
オギさんは根っからの職人だったし、
誰からも尊敬される名人だった。
プロの中のプロさ」

そしてそれ以上に、
オギさんは自分の仕事をリスペクトしていたのだ。


ある朝。
オギさんは奥さんと一人息子に連れられて現場入りした。
とても珍しいことだった。
曰く、一人で立って歩けないほど体が重かったらしい。

「オギさんは、最近たまにあるんだ、
薬飲んだからもう大丈夫だいじょうぶ、
なんて強がって笑ってたけどさ。
誰が見ても、
その日は顔色が尋常じゃなかったんだよな」

結局その日、
ロボットんを着る前に座り込んだオギさんは、
とうとう立ち上がれなくなって救急車で搬送された。
そしてそのまま入院を余儀なくされた。

もちろんその日の生放送に、
ロボットんの姿は無かった。
<つづく>




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