見出し画像

グラウンド その1

今は女性ジャーナリストとして働くN実さん。
彼女もまた奇妙な体験をしている。


「瀬戸内海のある島に行ったんですね」

卒業旅行だ。
スキューバのサークル仲間三人と。
女だけの旅行だった。

「わりと有名な島ですよ。好きな人なら何回も訪れるような」

それはガイドブックにも載っているような島だったらしい。
観光地というほどでもないが、
集落がいくつかあり、大きなグラウンドやテニスコートもある。
古き良き漁村としての顔も持つ、
好事家ウケのするこじんまりとした島だ。
N実さんはこの島の雰囲気が好きになった。


一泊目の夜。
多少のアルコールが入ったことも手伝って、
民宿の一室はガールズトークで盛り上がっていた。
ただN実さんは酒に強いわけではなかったので、
翌日をしっかり楽しむためにもあまり飲まないようにしていた。

「すると一人、また一人と宴から脱落していくんですよ」

周りのメンバーはおかまいなしにひたすら飲み、
そして布団にぶっ倒れてゆく。
とうとうN実さん一人だけが起きている、という状況になった。
まだ眠気は訪れそうもない。
N実さんは夜の散歩に出ることにした。


「人通りのまったくない漁村は静かでした」

ひたひた、という足音がすごく聞こえた。
民宿を出て右に進むと船着場で、その右がささやかなビーチ。
左に進むとゆるい傾斜になっていて、
道の右手に小高い山があり、左手に集落。
N実さんは集落を抜けた。
もう少し進むと、例のグラウンドがあるはずだった。

「別に何も考えてなかったです。ただ、だだっ広いところに出たかっただけ」

月の明るい夜だった。
ちらほら立っているぼんやりした蛍光灯くらいでは、
とても月光の邪魔にはならない。
白い砂が敷き詰められた広いグラウンドが、
これくらいの月の光ならどれほど明るくなるか見てみたかった。

木の生い茂った短い道を抜け、
ややあってグラウンドに出た。


「すぐに、誰か立っているのに気付きました」

グラウンドのほぼ中央部分。
ピッチャーマウンドのように少し盛り上がっている。
そこに誰かが立っていた。
こちらに背を向けている。
どうやら女性だ。白い着物を着ている。

「すでに、ああもうちょっと普通の状態じゃないな、とは思っていました」

なのでN実さんは足音を忍ばせ、
グラウンドをぐるりと取り囲んだ潅木の茂みに沿って歩いた。
背の低い木々だけれど、
身をかがめたN実さんを隠すには十分だった。

「その女の人は、両腕を前に交差させて俯いているようでした」

女性との距離、約五十メートル。
やっと女性のほぼ真正面にまわりこめた。
月光にその真っ白な肌が反射していた。

女性は、胸に真っ赤な肉の塊りを抱きかかえていた。
<つづく>



この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?