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グラウンド その2

N実さんは目を凝らした。

「それは血まみれの赤ちゃんでした」


女性が抱いた赤ん坊からは生々しく鮮血が滴っており、
彼女の胸から腹にかけて真っ赤に染めていた。
そして女性は時折顔を上げ、
また俯いては赤ん坊の身体に唇を付けてしゃぶり、
その血をすすっていた。

真っ白な顔の中で口の周りだけが異様に赤い。


「不思議ですよね。その辺りでなぜか、
あ、もう死ぬかもしれないな、ってヘンに覚悟できたんですよ」

とはいえN実さんはかさりとも落ち葉を鳴らすことなく、
ゆっくりと元来た道を戻った。

気付かれるわけにはいかない。
もうあれが人間なのかそうでないのかなど、
N実さんには必要のない情報だった。


永遠とも思える数十秒を過ごし、
N実さんはグラウンドを出た。
もう大丈夫。
そう思った瞬間、猛スピードで駆け出していた。

民宿まではそう遠くない。
すぐに看板が見えた。
玄関から駆け込むと、すぐに扉を閉めて施錠した。
そして宿泊している二階の部屋に飛び込み、
部屋のドアにも鍵をかけた。
爆睡している友達を尻目に、
自分用に布団に潜り込んだ直後。


「布団が引っ張られたんです」

猛烈な力だった。
布団の縁を強く掴んでいたため、
そのままむしり取られることはなかった。
隣で寝ていた友達が冗談で引っ張っている、
という発想は微塵にも浮かばなかった。

間違いない。さっきの女だ。

布団を取られまいとしがみつくのに必死で、
大声を出すということに意識が向かなかった。
ただ、布団を取られたらそれで終わり。
そんな恐怖だけがN実さんの胸中を支配していた。

「ちょっと!やめてよ!」

さらに引っ張る力が加わった時、
反射的に声が出た。
ふっ、と力が消えた。
外の気配が完全になくなっても、
布団の外に首を出すことができなかった。

「あれ? N実ぃ、起きてんの?」

のんきな友達の声が聞こえたのは、
それからさらに数時間後だった。
N実さんはしぶる友達を説得し、
朝一番の連絡線で本州に戻った。


そして案の定、
N実さんはその島の正確な所在地を教えてくれなかった。



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