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追伸 その1

「最初は係長の携帯に連絡があったんだ」

G君は少し寂しそうな口調で言った。

「俺はSのこと、けっこう厳しく叱ったりしてたからね。
死んでからも、俺のとこにはかけづらかったんじゃないかな」


営業スタッフとしてS君は新卒で入社し、
その指導役としてG君が選ばれた。

S君は決して無能な人間ではなかったという。
仕事の覚えは悪くない。愛想がよく、人懐っこい。
人間的にもマメだし話好きだ。

しかし欠点もあった。

「人が良すぎるんだよ。優しいから押しが弱くなる。そこんとこはよく注意したな」

顧客からの無理難題も断れない。
営業成績を伸ばすために自腹を切ることも少なくなかった。

「自腹を切る営業なんて誰も求めてないし。
Sにはよく、足で稼げない営業はダメになってくとも言ってたんだ、俺」


サービス残業、休日出社など当たり前。
ノルマは埋めなければならない。顧客に嫌な顔はできない。
追い詰められた時、S君は先輩のG君ではなく、
G君の上司である係長の携帯に直接連絡を入れた。

「お前それは順序が違うだろ、って。なんで俺に先に報告しないんだってよく怒ったよ」

気の弱い男なのだ。
G君が自分を可愛がってくれているからこそ、
それがわかっているからこそ失敗を告げたくなかった。

しかし悪い奴ではない。
ほとぼりが冷めると例の人懐っこい顔になって、

「GさんGさん。昼飯、おごってくださいよぉ」

と甘えてくる。
G君はお前なあ、と呆れながらも、

「牛丼でいいか?」

と応えてしまうのだ。


そのS君が自殺した。
自宅アパートでガスを大量に吸引したのだ。

覚悟の自殺であることは明白だった。
六畳間で膝を抱えるようにして倒れたS君の手には家族の写真。
そして顧客リストと見積り書が握られていた。
見積りに書かれた数字は、とてもG君が首を縦に振れるものではなかった。

「バカだよ。死ぬようなことかよ。たかが仕事だろ、って思って」
<つづく>




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