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何のために、の家 その3

東西南北すべての面に大きなサッシがあり、
外に出られる。
そこも妙だった。

四人は靴を脱ぎ、廊下に上がった。
すぐにふすまがある。
G君はずかずか進み、ふすまを開けた。
と、中は四畳半の和室。
壁はなく、隣室とはまたふすまで仕切られている。
家具は一つもない。

「すごい。壁が全部ふすまなんて見たことねえよ」

S君がつぶやきを漏らした。

「俺、左から行くわ。S、お前は右から行けよ」

「OK」


G君は入った部屋の左側のふすまを開けた。
そこもまたふすまだけの和室。
S君は入った部屋の右側のふすまを開けた。
そこもふすまの和室。
G君は次の部屋を右へ、右へと進んだ。
S君は次の部屋を左へ、左へと進んだ。
どの部屋も四畳半の和室。
家具はない。
天井は古めかしい木でできていて、
細い蛍光灯がいかにも頼りなげに一本だけ据えられていた。

「なんもねえ」

「こっちもだ」

家具を置いた痕跡すらなかった。
畳はまだ綺麗で新しい匂いがした。
ただ、ふすまの枠の部分にはたくさんの爪跡があり、
人が多く出入りしていたことを物語っていた。


G君とS君は、
女子達が待っている最初の部屋の真反対の部屋で落ち合ったようだ。

「わっ」

という、どちらともつかない驚きの声が聞こえた。
ルービックキューブを真上から見たような間取り、
と書けばイメージされやすいかもしれない。
ほぼ正四角形の四畳半の和室が八つ、
ぐるりと真ん中の六畳間を取り囲んでいるのだ。
すべてのふすまを取り払ったら、一つの大きな和室になる。
計算すると四十二畳。
畳とふすま以外、何もない家。

「一体何なんだよ、この家……」

G君が搾り出すように言った。

「ねえ」
Eさんが唐突に切り出した。

「さっき気付いたんだけどさ」

「……何?」

Yさんが不安げな声を出した。

「この家さ、台所もトイレも無いんだよね」

四人は黙った。
沈黙を破ったのはS君だった。

「……何のために建てられたんだろ……」

誰も口にできなかったその言葉に、Eさんは鳥肌を立てた。
次にYさんが言った。

「その鍵もさ、わざとじゃない?」

YさんはG君の手にある鍵を指差す。

「わかりやすいとこに置いて、わざと鍵に気付かせて、それで」

わああっ、とG君が突拍子も無い声を上げた。

「出よう。すぐに出よう」

Eさんは全身を貫くような圧倒的な恐怖を感じた、という。
転がるように家を出た。
しかし、Yさんは冷静に施錠し、
最後にハンカチで鍵をぬぐった。

車に乗ってしばらく走り、
家が完全に見えなくなっても、
メンバーはまだ誰も何も喋らなかった。
やがて国道沿いに駅舎が見え、
コンビニやパチンコ店の存在を確認して、
やっとEさんの震えは止まった。


しかし、
今もEさんはあの家を思うと暗い気持ちになるという。
もう場所も思い出せないが、
今も確かに建っているであろう、あの家。

誰が、何のために。

くだらない好奇心がつけた心の傷はまだ癒えない。



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