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悪夢的な記憶 その1

このコラムではまるで悪夢のような出来事について書いているが、
これは僕自身が経験した、というか、
今でも実体験だったのか悪夢だったのか、
その境界線がいまいち不明瞭な過去の出来事の話だ。
したがって明確なオチ的要素はないが、
あしからず。


まず1つめ。
恐らく小学校低学年の頃。
たぶん8歳くらいの頃の記憶だ。
両親と、2歳年上の姉、そして僕の4人は、
父の生家がある徳島に帰省していた。

夏休みだ。昼間海でしこたま泳いだので、
夜8時には疲れ切って、
もうすぐにでも寝てしまいそうなくらい眠かった。
今から40年以上前の漁村の民家なので、
エアコンなどない。
さすがに都会ほどムシ暑くはなかったが、
それでも快適と言えるほど涼しくはなかったので、
せめて灯りを消すことで少しでも暑気を払おうとしていた。

両親は1階で、ビールを飲みながら雑談していた。
僕と姉は2階に敷かれた布団の上にいる。
なぜか2階にテレビがあったので、
寝そべったままそれを視るともなく見ていた。
やがてうとうとし始める。

と、ザザッという唐突な雑音で意識がはっきりした。
見ると、テレビ画面に砂嵐が映っている。
現在と違い、
アナログ放送だった当時は砂嵐が映ることなど、
さほど珍しくはなかった。
しかし、番組を視ていた途中だったのに……?
不審に思いながら、なおも画面を見ていると、
断片的にではあるが中年女性の姿が映る。

その中年女性の姿がおかしい。
まず、見たこともない服を着ている。
民族衣装……と見えなくもないが、とにかく派手で、
赤や紫や緑といったサイケデリックな色合いなのだ。
デザインは着物のようでもあるが、微妙に違う。
そして左右非対称だった。
顔は、いわゆるおばさんそのもの。美人でもない。
化粧だけやたらと濃いのだが、
その化粧がどうみても美人に見せるためのそれではなかった。
少なくとも、日本人の美的感覚でいうところの、
美しく見せるための化粧にはみえなかったのだ。

その女性が、
ほとんど物が置かれていない簡素なセットの前で、
何かまくしたてるようにしゃべり続けているのだが、
その内容がわかるようでわからない。
イントネーションは日本語のそれなのだが、
絶妙に理解できないのだ。
そして、言葉は砂嵐によってところどころ途切れる。
「あがらしの……が……でしくつ……このちゅるい……こしの」
という感じだった。

僕は、次第に画面に惹きつけられていった。
と、唐突に画面がはっきりとすると同時に、
女性が話すのをやめた。
そして曖昧な微笑みを浮かべ、
黙ったままこちらを見た。
つまりカメラ目線だ。
その辺りで僕は怖くなり、泣き出してしまった。


僕の突然の泣き声に驚いた父が、
2階に様子を見に来た。
僕は父に手を引かれ、泣きながら階段を降りた。
降りながら振り返り、ちらりと姉を見た。

姉は目をらんらんと輝かせて、
画面を凝視していた。

歯をむき出し、ニタニタ笑っている。
大きく見開かれた両目には、
はっきりと砂嵐が映っていた。


……という話だ。
今でも実体験だったのか悪夢だったのか、
その境界線がいまいち不明瞭な過去の出来事である。
<つづく>


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