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人生でいちばんの手紙

人が一生の間に書いたり、もらったりする手紙は何枚くらいだろうか。
私はそこそこ多い方だと思う。小学生くらいの時は遠くに住む祖母や友人には手紙を出していたし、もらってもいた。手紙を書くときは、メールの文章を書くときよりじっくり考える。ある程度の長さがある文章が書けるからかもしれない。便箋、封筒、ペンの色、切手、伝える出来事。手紙は相手を思って選択するものが多い。これを面倒と感じるか、楽しいと感じるかは人それぞれだ。私は楽しいほう。
手紙をもらうのももちろん好きで、その人の書き言葉や書き文字の癖などを見ていると幸せな気持ちになる。

これまでもらった中で一番衝撃的な手紙は、高校二年生の夏に実の父から届いたものだ。
今まで父から手紙をもらったことなど一度もなかった。私の父は私が物心ついた時から "単身赴任" だった。大きくなってからは、父が家に帰ってくるのは年に1、2回あるかないか。
リビングの机に置かれた父からの私宛の手紙を見た時、単純に少し嬉しかった。
「お父さんからだ」と呟く私に、母は「部屋で呼んでね」と言った。言われた通り手紙を持って自分の部屋へ。映画『オズの魔法使い』のポスターが見守る中、手紙を七宝焼のペーパーナイフで開ける。


元気ですか?
本当は直接会って話をする方がいいのかもしれませんが正確に伝えられないかもしれませんし、とりあえず手紙を書かせてもらいます。
勘のいい美和のことですから気づいているかもしれませんが、お父さんとお母さんは今年の10月で離婚することにしました。お母さんはとてもいい人で尊敬していますが、一緒に暮らすには相性が合わず別に暮らすことになってしまいました。以前から離婚を決めてはいましたが、美和の高校卒業までは延ばすつもりでいました。しかし、お父さんに別に子供ができたため離婚することに決めました。これから生まれてくる子供に対しても責任がありますので、その子の父親として生きようと思います。
みんなは美和はまだ高校生だと言います。でもお父さんは美和とは少ししか話ができていませんが、直感的に家族で一番現実的で客観的な考えのできる人だと思っています。そういうこともあり、1人の大人として尊重した上で言いますが、ぜひ自分の考えでこれからの道を選んでください。離婚はみんなとわだかまりなく話せるいい機会だと思っています。これからの人生を前向きに考えてもらえればと思います。また、八月末に直接会う機会を作ろうと思っています。
それでは、体に気をつけて頑張ってください。
父より


以上が私が父にもらった手紙の抜粋である。

一つ目の衝撃「え、まず父と母って別居状態だったの!!?」
そう、私は小さい頃から父が家にいないのが当たり前。そして単身赴任と説明を受け、なるほど単身赴任とはこういうものだと思ってきた。
父と母の喧嘩など一度も見たことがなかったので、仲が悪いなんて思ったこともなかった。
つまり離婚など今まで頭をよぎったこともなかったのである。

二つ目の衝撃「私の高校卒業を待ってたの?!!」
気を使わずさっさと離婚しても良かったのに。私のせいで離婚できてなかったのか、という罪悪感。

三つ目の衝撃「子供できたの?!!」
すでに腹違いとは言えど、知らぬ間に弟がこの世に生を受けていたのである。いやいやいや、そんなことある?だとしたら高校卒業するまで我慢効かなかったのか。

ポール・オースターの『孤独の発明』さながら、自分の全く知らない父親が手紙の中にはいた。どうやら私は、仕事ができて頭も良い私の父親は、きっと人間的にも優れているはずと、理想化していたようだ。年に1、2回会うか会わないかなのだ、勘違いも許してほしい。
最後の投げやりな今後の人生へのエールもなかなかの失笑ものである。頑張ってじゃない。

この後、8月末に「いやぁ、今回は本当に申し訳ないことを」とへらへらきり出す父を前に「あぁ、父って世の中的にもかなりダメな分類の人なんだ」と思った。と同時に、この人間味あふれるダメな人が父親なんだと面白くなった。父親を初めて人間として見れた気がした。愛おしさを初めて感じた。

父とはこの一件以降、以前よりもずっと打ち解けているように思う。それまで会った時の父の愛情表現といえば、"体のどこか一部を踏んでくる"だったのだが、それ以降はきちんと近況などを話したり、最近得た知識などを議論するようになった。

今後、これほど衝撃的な手紙をもらえることはあるだろうか。あのときは随分、悩まされたが、今となっては父からの手紙も楽しき手紙の一つとして、そのほかたくさんの手紙とともに保管してある。読み返せば「ふふふ」と笑える。涙で少しふやけた便箋はなかなか味がある。もし、最初から直接伝えられていたら、こんな形で笑えていない気がするし、メールで告げられていたらもっと怒っていたかもしれない。父親の書く、曲線的な文字となんだか投げやりで楽観的で、それでも申し訳なさそうな文章。手紙ってやっぱり、ちょうどいい塩梅に人との距離を縮めてくれるものなのなんじゃないかな。
空前の手紙ブームが来ることを願いつつ、私は今日もお気に入りのレターセットを眺めている。
#日記 #エッセイ #手紙 #家族

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