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ラジオ下神白ー『福島ソングスケイプ』 の音響からうかびあがる「景(-scape)」

2022年7月31日に、せんだいメディアテーク7fスタジオシアターで「ラジオ下神白(しもかじろ)−あのときあのまちの音楽からいまここへ−記録映像と音源、トーク」が開催されます。
このイベントでは、「ラジオ下神白」というプロジェクトから生まれたCD『福島ソングスケイプ』とドキュメント映像を鑑賞します。

「ラジオ下神白」は2016年からアーティスト・アサダワタルさんが中心となっておこなわれたプロジェクトで、震災による原発被害のあった大熊町・双葉町・富岡町・浪江町の方々が集まる福島県の「下神白団地」で、昔流行していた歌謡曲を通じてお話をうかがったり、東京で結成したバンドの伴奏で歌ってもらったり、さまざまなかたちで住民の皆さんとの交流と発信をしてきました。

私はCDに収録された歌の録音、ドキュメント映像の編集などで少しだけ関わっているのですが、そのような立場から見えたこと、『福島ソングスケイプ』やドキュメントの見どころなどについて簡単に書いてみます。

「ラジオ下神白」の面白いところは、「ラジオではない」ことだと思います。
このプロジェクトは、団地の住民さんたちのお宅を訪問してかつての暮らしや流行歌の思い出などを聞き、ラジオ番組「風」のCDにして各戸に配ったりするところからスタートしています。

そこで聞いた話は、冊子として編集されたり、映像のドキュメントだったり、東京での「報奏会」というイベントだったり、あるいはバンド(伴奏型支援バンド=BSB)や、CDアルバムというかたちに発展していくのですが、どれもが「下神白団地」という場所でつながりつつ、それぞれが独立した記録/表現になっています。

もしこれが実際に「ラジオ」であったら、その他のものは派生した「サブコンテンツ」のような位置付けになっていたかもしれません。
中心であるラジオの部分が空洞であることで、周辺が「その他」にならないような見取り図が作られているように感じました。

そして、その「中心」を持たない配置が、「(下神白)団地」という「一人ひとりがバラバラに集まる場所」のリアリティをあらわしているようにも思うのです。

また、今回のイベントで試聴するCD『福島ソングスケイプ』自体も、かなり特徴的な作りになっています。
収録されているのは、かつての流行歌についての語りや、住民さんたちが歌う歌謡曲などですが、独立した曲が複数並べられているというよりは、ある種の演劇的な構成を持っている作品です。

団地のみなさんの声や歌には生き様がそのままにあらわれており、大変感動的です。その部分については実際に聴いていただくのが一番なので、ここではアルバムの音響的な側面について書いてみます。

収録されている全15トラックを録音状況などで分類すると、以下のようなかたちになります。

  1. ラジオ音源(自宅でのインタビュー)

  2. スタジオ録音(バンド演奏+住民さんたちのボーカル)

  3. ライブ(集会所でのクリスマス会)

  4. コラージュ(インタビュー、環境音、歌声など)

このアルバムの面白いところは、それぞれの曲の録音や音響的な違いが、そのまま声や言葉のトーン、距離の差異にあらわれていることです。

たとえば「1.ラジオ音源」は、それぞれのお宅にお邪魔して聞いたパーソナルな内容とちゃぶ台を囲むような発声。
「2.スタジオ録音」は、あらかじめ収録されたバンドの演奏にあわせて数人の住民さんたちが別々に歌ったもの(あるいは同じ人で別テイクのダブリング)を重ねており、実際は一堂に介していない人たちの声がひとつに合わさった、とてもフィクション度の高いミックスです(ちあきなおみ「喝采」ほか)。
「3.ライブ」は集会所に集まったみなさんの合唱(美空ひばり「愛燦燦」)で空間自体が記録されており、「4.コラージュ」は「プロローグ」、幕間(「ブレイクタイム」)と「エピローグ」の三箇所に、全体をまとめあげるような音楽的な手捌きで配置されています。

私は、このようにさまざまな録音・制作環境の曲がひとつのアルバムにトータルなものとして収録されているところに、「ラジオ下神白」が「ラジオでない」のと同じような、「周縁から見る」視点を感じました。
このCDが「ソングブック(曲集)」ではなく、「ソングスケイプ(音景)」と名付けられているのも、そこに理由があるのではないでしょうか。

そこには、個別の楽曲だけではなく、トラック同士の音響的な差異からうかびあがってくるものとしての「景(-scape)」があります。

「景」はもともと「光」を意味しますが、転じて「影」を指す言葉でもあるそうです。

『福島ソングスケイプ』には、「被災者/地」に直接ライトを当てて観察するような視点ではなく、音楽を通して浮かび上がった「影」から、人や土地の存在を感じ取っていくような姿勢が表現されていると思います。
そのような視線が、話や歌の内容だけでなく、音響自体に「景(-scape)」としてあらわれているところに、このアルバムのひとつの意味があると感じました。

そんなわけで、『福島ソングスケイプ』は音響的な部分、録音・ミックスなども聴きどころです。イベントでの試聴や家での鑑賞でもそのあたりに注目してみると、より体に響く音楽体験になるのではないでしょうか。

また、今回のイベントで上映される小森はるかさんが監督したドキュメントも、団地のみなさんの表情や佇まい、暮らしている部屋の空間に至るまで、下神白を形づくる無数の存在が数年間にわたって美しく記録された映像になっています。

小森さんのカメラは、アサダさんの視点に寄り添いつつもせめぎあうような距離感で撮られており(編集が大変です)、「下神白団地」という人工的な場所が、さまざまな土地や境遇から集まった人々を通して、もっと別のかつてやどこか、「あのときあのまち」とつながる空間に見えてくるような映像ではないかと思います。

「シアター」という環境で、演劇的な構成を持つCDと映画的な細部を持つ映像を体感できるのはとても貴重な機会です。
アサダさんと小森さんのトークもありますので、7月31日はぜひせんだいメディアテークにお越しください。


「ラジオ下神白(しもかじろ)−あのときあのまちの音楽からいまここへ− 記録映像と音源、トーク」

2022年7月31日(日) 14:00−17:00(20分前より開場予定)
せんだいメディアテーク 7階スタジオシアター
入場無料/申込不要/先着180名
託児サービスあり(要予約)

https://www.smt.jp/news/2022/06/----.html

■ CDアルバム『福島ソングスケイプ』取り扱い店舗一覧
https://fukusongcd.base.shop/blog/2022/03/18/120027

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