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- 入院4日目 - 入院生活でつらいこと

入院生活でつらいこと。

それは時計が手元にないこと。腕時計は危険物とみなされ没収されてしまったので、時間を知りたければホールまで行って壁の時計を確認しなければならない。夜中に中途覚醒しても何時かわからないので、ナースコールで眠剤を頼んでいいのか判断できない(眠剤を飲めるのは午前3時まで)。

いったい全体、腕時計のどこが危険だっていうの? 文字盤を覆っているガラス?  文字盤を壁に打ちつけてガラスを砕き、鋭利な破片で手首を切るとか? 可能性としてはあり得るけれど、やろうとは思わない。だってあの時計、高かったんだもの。

入院生活でつらいこと。

それは毎日シャワーを浴びられないこと。病棟には大きめの共同浴場が1つあって、入浴日は月曜日と木曜日の週2回と決まっている。入浴日以外にも予約制でシャワーを浴びることができると聞いたので、ナースに問い合わせると「先生の許可が必要です」と返された。今のわたしはシャワーを浴びるにも医師の許可がいるらしい。木曜日にシャワーを浴びると、金・土・日と3日間は体を洗うことができない。土曜日になると早くも髪の毛が臭いはじめ、日曜日には浮浪者のような強い臭いを放つ。自尊心を剥奪されていくようなみじめな気持ちになって、また涙が出てくる。

入院生活でつらいこと。

それは朝から晩まで不快な音を聞かされること。朝6時から夜9時まで、ホールではテレビがつけっぱなしになっている。耳の遠い高齢者がいるせいか、音量はかなり大きい。わたしの病室はホールに近く、起床してから夜寝るまで大音量でテレビの音を聞かされ続ける。NHKのニュース番組だったらなんとか耐えられるけれど、民放のCMやバラエティー番組はつらい。CIA(アメリカ中央情報局)の拷問手段に、大音量の音楽を長時間流し続ける「音楽拷問」があったことを思い出した。この拷問にかけられた容疑者は睡眠時間を奪われ、精神を破壊されるというけれど、まさにその拷問を実体験しているような気持ちになる。

不快な音はテレビだけじゃない。高齢の男性患者が「ゲッ、ガハッ、グゲゲェーェッ」と痰を吐く音が病室の薄い壁を通してダイレクトに聞こえてくる。それも1人や2人でなく何人も。病室で、廊下で、洗面所で「ゲッ、ガハッ、グゲゲェーェッ」。自分のパーソナルスペースに聞きたくもない音が割り込んでくる。いや、割り込んでくるというよりは「殴り込みをかけてくる」という表現のほうがしっくりくるかもしれない。

パーソナルスペースといえば、プライベート空間を持てないのは多くの患者に共通する悩みだ。その証拠に、今日ホールにある公衆電話ボックスの中で首藤さんがひとりカラオケをしているのを目撃してしまった(ちなみに、"首藤さん" というのは彼の本名ではない。ダンサーの首藤康之さんに風貌がそっくりなので、わたしが勝手にそう呼んでいる)。 首藤氏はパイプ椅子に腰かけ、壁に向かってハスキーボイスで洋楽らしき歌を口ずさんでいた。そうだよね、周囲に気がねなくひとりで歌えるスペースってないもんね、と心の中で彼に同情した。

[ 後日談 ]
 首藤さんのヒトカラを目撃してから数日後、今後は彼が廊下を歩きながら歌を口ずさんでいるのを発見した。良くも悪くも閉鎖病棟という特殊な環境に慣れてきて、パーソナルスペースなんかにいちいちかまっていられなくなったのかもしれない。

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