【小説】 Legacy
本作は「アイドルマスター シャイニーカラーズ」の二次創作小説ですが、本編とは全く関係の無い、オリジナルの設定や話を含みます。そういった二次創作が苦手な方は読むのをお控えください。
(1)
まぶたに光が差し込んでくる。
たまらず目を開けるとそこは知らない部屋。
知らない布団の上で横になっている自分がいた。
慌てて体を起こし、周囲を見渡すと時計の針は「8時24分」を指している。
朝なのか……と大きく伸びをするその最中、ふと思う。
何かがおかしい。
その違和感の正体にはすぐに気づいた。
『色』が無い。
正確には、全てがグレースケールに見えていた。
本棚の本も、今まで寝ていた布団も、振り子時計も。どれも白黒だった。
布団から出て、冷たいフローリングに足を付けて歩く。
部屋の窓際に置かれたサボテンの生えた植木鉢、小学校の教科書が並べられた勉強机、壁に掛けられた千羽鶴。
どれも馴染みがない。
その上、第2の違和感が私を襲う。
『音』も無い。
フローリングを歩く足音、足が擦れる音、寝巻きの衣擦れの音。何も無かった。
寝起きの冴えない頭で逡巡した結果、消去法ではあったがこの状況を上手く片付けることが出来た。
なるほど、夢か。
(2)
夢と分かってからは早かった。
まずは外に出てみたい。
ならば寝巻きのまま外出するという訳にはいかないだろう。
開かれたクローゼットには、普段着なれない服がたくさん入っていた。
現実だったらこれは着られないなと思いながらも、無地のワンピースを手に取り、袖を通していた。
開いた玄関の先には街が広がっている。どうやらここはマンションらしい。
新しい世界への旅が始まるような、そんなドキドキに駆られていた。
気づいた時には下へ向かうエレベーターのボタンを押していた
目的地は決まっている。
通い慣れた場所。そのはずなのだが胸のドキドキが止まらない。
事務所、行きたいな。
(3)
事務所へと向かう道中、いくつか気づいたことがある。
まず、いくら走っても鼓動がしない。息は切れるし足も疲れるのだが、鼓動だけはどこにもなかった。そのおかげでいつもより幾分か走るのが楽しい。
それともうひとつ。
全てがモノクロなわけではなかった。
今のところ、色がついている草花を見つけた。
モノクロの世界に咲く花は一段と輝いて、美しく見えた。
色を探すのが楽しくなっていた私は、意図せず花屋の店先に足を伸ばしていた。
朝目を覚ました時の部屋の中とは比べものにならないくらい、鮮やかな色彩がそこにはあった。
目を刺すように黄色く輝くフリージア、冷たく慎ましく青みを帯びた紫色で佇むキキョウ…と次の花に目をうつした時に、また違和感が襲う。
春に咲くフリージアと夏に咲くキキョウが一緒に売られているなんて……
-ズキン
胸のあたりが痛む。
そもそも、なんで花の名前なんて知っていたんだろう。花に興味なんてなかったのに。
ここの花屋に来たこと……
夢なのに…いっちょまえに痛みはあるのか。
さっきは花の名前を知ってたなんて考えたけど、そもそもその花の名前があっているなんて確証もないし、ここは私の夢の中。あんな花があるのかどうかすら怪しい。
せっかく夢なら醒めるまで楽しもう
そう決めた。
(4)
見慣れた交差点に着き、いつものように歩行者用の押しボタンを押す。夢の中のみんなはどうしているのか、楽しみだ。
事務所の扉を開くと、黒いスーツを着た背の高い男性と、机でうつらうつらとしている緑髪の女性、そして数人の見慣れた女の子が目に入る。
おはよう、と声を掛けるが声は出ない。
声は出ていないが、どうやら相手には伝わっているらしい。みんなからの返事の声も聞こえないが、みんなが言わんとしていることが頭へと流れ込んできている、気がした。実際に内容が分かっている訳では無いが、独特の訛りのある声、どこか気だるそうないじわるな声、王子様のような振る舞いの声が感じとれた。
それらの声の向こう側、黒いスーツの男が鉄色の、少し錆びたじょうろで植木鉢に水をやっているのが見えた。
-ズキン…
さっきよりもずっと深いところで胸が痛む。
なにか、大事ななにかが足りていない。
『色』でも『音』でもないなにかが……。
(5)
外はすっかり暗くなり、事務所を出て家路を急ぐ。
朝に通ってきた道を帰っていた。通ったことの無い道なのに、まるでその道を何度も通って帰っていたかのように、迷いもなく歩を進める。
これも夢の中だからこそなんだろうなと思いながら、家の扉を開く。
部屋に入り電気をつけると、暗い部屋の隅で時計の針が「8時24分」を指している。
……時計、止まってる…?
近づいて見てみると、中の歯車が完全に止まっていた。そういえば朝から振り子は動いてなかったか。修理に持っていかなきゃな…。
ふと、朝から何も食べていないことに気がつく。夢の中で食事が必要なものなのか、考えるだけ無駄だった。朝から色んなことがありすぎて頭も疲れきっている。特にお腹はすいてないけど、なにか食べよう。と、キッチンへと向かった。
冷蔵庫の中で、なんとなく目に付いた真っ赤なリンゴを手に取り、包丁とお皿とともに部屋へと戻る。
布団に腰かけてリンゴは右手へ、そして左手で持った包丁で半分に切る。
お、ハート型。なにかいい事ありそうじゃん…!
-ズキン……
気持ちとは裏腹に、また胸が痛む。
私の手の中のハート型は、いとも容易く手からこぼれ落ちた。
もうひとつのハート型は真っ白なお皿の上で、痛む私の胸と同期するように脈打ち、煌々と輝いていた。
(6)
夢を見ていた。
車の後部座席に座り、いつものように黒いスーツの運転手とたわいもない話をしている夢。
途端、クラクションとブレーキの音が冬空に響きわたる。
思わず身を乗り出し、運転席と助手席の間から、前方の景色を見る。
目に飛び込んできたのは今にも横転しそうなトラックと、それに追突している先行車。
体に強い衝撃が伝わるのはそう遅くなかった。
痛みで意識を失うその一歩手前で見えた景色は、忘れてはいけない景色だった。
運転席の黒いスーツの男ともう1人。
助手席にいたのは、ツインテールのーーー。
ああ、私はなんでこんなことを忘れていたんだろう
私はもう…
7
まぶたに光が差し込んでくる。
目を開けるといつもの部屋。
時計に目をやると、カチャリと音を立てて「8時25分」に変わるところだった。
今日は大切な日。
いつもあの子が褒めてくれていた白いワンピースを着ていこう。胸元には赤いリンゴのアクセサリーを。
見慣れた道を歩いて事務所へ向かう。
途中の花屋で、予約していた花を受け取る。別にあの子が好きだった訳でもないけれど、これは私からのメッセージ。
扉を開けた事務所の中はいつもよりも少し狭く感じた。
だってみんながいたから。
私は真っ先に彼女の前に行く。
「もうあれから1年か」
私の背後で、車椅子に乗った黒いスーツの男が言う。
私は目を閉じ、脈打つ胸に手を当て呟く。
「絶対に、忘れないよ…。ずっとずっと、一緒だからね」
「ーー結華ちゃん」