大森さん

大森靖子はかわいかった‐クソカワPARTY tour-

大森靖子さんのアルバムツアー「クソカワPARTY」に行ってきた。
頭に知識を詰め込みまくって窒息寸前が予想されるこの時期(大きなテストの前)にライブの予定を入れるのは自殺行為かな、と思いつつ、結局はその真逆だった。

生きて今目の前にあることを、目の前にないことも、全部やってやろうと何も気負うことなく自然に思わせてくれたライブだった。

大森靖子は、5年前くらいから聞いていて、その耳触りのいいメロディや、聞いているだけでしんどくなったり、逆に吹っ切れて気分が良くなったりする歌詞、そして何より大森さんの、全力でかわいいに吹っ切れていたり、絞り出すように痛みを表現していたりする歌い方が大好きだ。

聞いたことのない方はぜひ、ぜひ一度聞いてみてほしい。

もし聞いてみてくださったのに、あなたに刺さらなかったら、それは私の選曲が悪い可能性が高いです。すみません。

大森さんは比較的youtubeによくMVを上げる方なので、気になった方は、ぜひyoutubeからほかの曲も聞いてみてください。

さて、肝心のライブ、ドレスコードは「自分」だった。
私は授業の関係で、最大限に自分らしい!という格好では行けなかったが、会場には、めいいっぱいおしゃれを楽しんでいるかわいい女の子がたくさんいて、それだけでも幸せな気分になった。

ペンライトも初めて買って、荷物も全部ロッカーに詰め込んで、そわそわする気持ちで待っていると、会場が暗くなって、明るくなった次の瞬間には大森さんが中央に立っていた。

後ろの方にいたのだけれど、眼前はほほぼ女の子で埋め尽くされていたので、ちゃんとステージ上が見えるかと思ったのだけれど、甘かった。

大森さんが現れた瞬間、みんなきゅっと姿勢を正して、背伸びをして、大森さんを視界に収めようとしていた。会場の熱もぐっと5度くらいあがったような気がした。

まけじと私も背伸びをして、初めての距離で大森さんを見て、なんだか泣けてきた。
これまで、パフォーマンスがよくて、ライブ中に涙が出てくることはあれど、アーティストを目に映した瞬間に泣けてきたのは、中高時代大好きだったRADWIMPSのライブに初めて行ったとき以来だった。
なので、なんだかびっくりして、笑えてきてしまった。

一曲目はアルバム「クソカワPARTY」に収録されている曲で、女の子の歌。のりのりのかわいい曲。新しいアルバムの曲だったからか、ファンの間で決まった振りはなかったようで、好きにペンライトを振り回した。

大森さんはとにかくかわいくて、CDに全く遜色ない歌声で、むしろCDをはるかに凌駕する熱量で、歌って踊っていた。

正直、これまで大森さん自身をかわいと思ったことはそんなになくて、ただ曲のファンだったのだけれど、その瞬間から、大森さん自体のファンになった。

可愛すぎる。きらきらしている。

大森さんの喉から出てくる声が、光る金平糖みたいに魅力的に思えた。歌声とダンスで、そのきらきらをステージを見守る私たちに放ってくれているような気がした。

大森さんは、女の子や恋愛の苦しい気持ちや、社会に対する「なんか違うでしょ」というような気持ちを、「女心」とか「苦い恋」とか「反発心」みたいな簡単な言葉に収めてしまわないで、丁寧に歌ってくれる人で、「これ、私のことかも」と思っているリスナーはたくさんいると思う。私もその一人だ。

ふっと眺めるだけで、涙している人がたくさんいた。

彼女の歌う「かわいい」はひりひり痛くて、砂糖菓子のようで、どうしてもほしいけれど、致死量と必要量が近すぎる、みたいなそんな感情で、日々抱く嬉しさや辛さや空虚さ、どこかにいってしまいたいような気持ちもすべて内包してくれているような言葉だ。

とにかく、そういう意味でかわいくて、その日大森さんを目にできたことが、本当に幸せだった。

なんとなく電子の神様のような、実在しなさそうな気持ちで毎日youtubeやウォークマンから流れる歌を聞いていたのだけれど、やっぱり大森さんはいて、想像以上に小さい体で、想像以上にすごい歌声で、歌を生み出してくれているのだなぁ、なんてことを思っていた。


大森さんはとにかく早口で、なんて言っているのかわからなくなるようなMCだったけれど、一つとても心に残ったことがあって、それは大森さんが常々提唱している考え方らしいのだけれど「二個もとう」ということだった。

熱量をむける対象を、二個もっていよう、ということなのだけれど、まぁよく聞く話だ、と思っていたのだ。

私の聞いたことのあるその理由は、「一つが駄目になってしまっても自分が崩れてしまわないから」というものなのだが、大森さんが言う理由は違った。

二個あれば、一つに全力をかけられるから」なのだ。

全力をかけると、全力で向き合いすぎてそれが嫌になってしまうことがある。熱量をかけすぎて、それ自体がつぶれてしまう時もある。

けれど、二つあれば、一つに全力をかけられる。

なるほど!と思った。今まで二つ持つことは逃げのように、ある種処世術のように感じていたのだけれど、それだけでもないみたいだ。


今回の「クソカワPARTY」は、パーティのときの、あの高揚していてコミュ力がいつもより少しだけ上がったような感じを、日常に地続きに、少しだけでも持って帰れたらな、という気持ちが込めてあるらしかった。
人が集まる場ではいつもの何倍も人に話しかけることへの壁が低くなって、けれど日常に帰ってしまうとそんなコミュ力は霧消して、結局せっかく作ったつながりをつぶしてしまうことがほとんどの私にとっては、うなずきすぎて首がもげそうになった。

大森さんのきらきらをもらったので、PARTYの高揚感が、少しだけ身の内側にしみこんだような気がした帰り道だった。




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