倉橋由美子は「大脳の音楽 西脇詩集」(「毒薬としての文学」講談社文芸文庫)で、
「音楽と言っても朗唱して耳に快いなどということとは関係がなくて、西脇氏の詩の音楽は直接脳髄に響いて脳の回線を思いがけない具合に切ったりつないだりするらしく、脳髄がむず痒くなって笑いだしたくなる」
「詩が魂の感動の叫びであるといった俗説とは無縁の「大脳の音楽」がここにはある」
というように書いていて「脳の回線を思いがけない具合に切ったりつないだりするらしく、脳髄がむず痒くなって笑いだしたくなる」という表現がおもしろかったのですが、西脇順三郎といえばその詩学のカナメとして「遠いものを結びつける、あるいは近いものを引きはなす」ということがよく言われ、それは主に相反するものを連結して新しいイメージを作るということが強調され、西脇詩の音楽性という面は私などはあまり深くは考えてこなかったように思います。しかしイメージと言ってもコトバで表現されているわけですから、当然、音をともなっているわけであり、私たちのアタマのなかには映像とともにそれが喚起する音も響いているわけです。
「あんころ餅」と「曼荼羅」というイメージの重なりと同時にアタマのなかには<アンコロモチーコロガスーマンダラ>という変なつながりの音が鳴っています。
「やっぱり・・・淋しい」という音の連なりなら「・・・」の部分には「ヒトリハ」とか「ワカレハ」とかいう音が私たちのアタマにはかすかに響いてきますが、そうではなくて「ノーズイ」という思いがけない音が鳴るのです。脳髄が寂しがってカンシャクをおこしているようです。
西脇自身は、
というふうに説明しています。
片桐ユズルが「現代詩とコトバ」(『詩のことばと日常のことば』思潮社)という文章で西脇詩の言葉使いを
というふうに書いているのをむかし読んで、劣等生のじぶんが優等生のマネをしても詩が書けるわけはないと反省したことがありました。
片桐ユズルは「西脇詩の構造」(『西脇順三郎全集別巻』筑摩書房)では、そんな西脇詩をジャズのような音楽的構造を持ったものと分析しています。
ここに出てくる福原麟太郎は「西脇順三郎の英文学」(『西脇順三郎全集別巻』筑摩書房)で、
と書いていて、これは西脇の散文についての文章ですが、詩も同じでしょう。西脇は彼の詩を意味ではなくて、言葉が響き合う「音楽(交響曲)」としてわからせようとする。
逆に言えば 詩を音楽として捉えようとしない人には西脇詩は永遠にわからないということになる 。
そうすると北川透の「西脇順三郎ノート」(『詩と思想の自立 : 現代詩の歴史的自覚』思潮社)などは、
北川は「ことばを、気にしなくて読めば」とわざわざ断っていますが、あくまでも言葉の意味無意味にこだわった読み方をする人たちへの配慮がみてとれる。そしてそういう気配りをする必要性を感じているということは北川自身にも同じこだわりがあるように思います。
しかし西脇自身はことばを大いに気にしていてこの「カルモジイン」というのも、『西脇順三郎全詩引喩集成』(新倉俊一著:筑摩書房)では、
と造語までして音を作っていることを解説している。
北川は、
と言っているように西脇詩をうけいれるためには相当の操作が必要だったようです。
富岡多恵子も当初西脇詩をわからず、
といった経過をたどった結果、
という結論に至った。しかし『詩よ歌よ、さようなら』(集英社文庫)という本を読むと冨岡はもともと
というひとであり、
とにかくコトバについてつねに考えているような態度のひとであり、しかもひじょうにマジメである。どのようなマジメさかというとふつうの人間なら気にもしないか気づいても見ないふりをするようなコトバとコトバのすきまもコトバにしなければ気がすまないようなマジメさのように思えるのです。
そして彼女は「わかるわからないの間にあった、あるぼんやりした時間や空間」もコトバで埋めつくさずにはいられなくなったのか、詩にさようならを言って小説家になってしまった。
彼女ほどではないにしろ、とにかく何かモノを書こう書きたいなどと思っている人間は、普通のひとがしゃべるコトバとコトバのすきまをさらにコトバで埋めつくそうとしがちである。しかしそうすると、コップに水をあふれるほど満たすと指で弾いても音がしなくなるように詩の場合はその音楽性がギセイになっていることに気づかない。
コトバに対する態度を比べると、ヘタな例えになりますが、小説家が深海魚としたら詩人はトビウオのようなものなのか、と思うのです。
最後に篠田一志が「人と文学」(『現代文学大系34 萩原朔太郎,三好達治,西脇順三郎集』筑摩書房)で、西脇詩の受容のためのこころがまえを次のように書いてくれているので紹介をしておきます。
<参考>
以下は「国立国会図書館/図書館・個人送信限定図書」で読むことができます。
西脇順三郎「旅人かえらず」「脳髄の日記」(『西脇順三郎全詩集』筑摩書房)https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1360667
片桐ユズル「現代詩とコトバ」(『詩のことばと日常のことば』思潮社)https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1671347/8
北川透「西脇順三郎論ノート」(『詩と思想の自立 : 現代詩の歴史的自覚 』思潮社)https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1361817/122
篠田一志「人と文学」(『現代文学大系34 萩原朔太郎,三好達治,西脇順三郎集』筑摩書房)
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1668640/233
2022/07/28