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No.113 2006年6月 共著『子どもを育てる五感スクール 感覚を磨く25のメソッド』出版

 NIE(Newspaper in Education)は私が教師になってから一貫して実践してきたことですが、他の一貫した実践の1つが五感教育です。私の専門教科が社会科ということもあり、この社会科の授業をつくることに視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚などの「五感」を生かしたフィールドワークが不可欠でしたし、子どもたちにも日常五感を生かした活動を勧めてきたこともありました。具体的には「五感」を生かした自由研究に取り組める力を育成してきたのです。1981年教員になり、3年生の社会科では徹底して自由研究としての地域調査に取り組みました。この時以来できるだけ「五感」を生かした取り組みをしてきましたが、ネットを活用するようになった状況でも五感のもつ意味を追求してきました。
 その中で、ノンフィクション作家で五感生活研究所代表の山下柚実さんと出会いました。2004年5月29日に読売新聞社で行われた第9回読売NIEセミナー「『五感』教育とNIE」の講師としてご一緒させていただいたのです。新聞やインターネット、データベースでの情報をどう「五感」を生かして読み解くかがテーマでした。また、子どもだけで学ぶのではなく、家族で学ぶことも大きな特徴でした。
この時のようすは『読売新聞』で紹介されましたのでご紹介しましょう(『読売新聞』2004年6月10日朝刊「記事が育てる想像力」の記事から一部抜粋)。

 講師には、五感についての著書がいくつもあるノンフィクション作家の山下柚実(ゆみ)さんと、NIE教育のベテランで、聖心女子学院(東京)初等科教諭の岸尾祐二さんを迎え、親子連れら百人余りが受講した。山下さんは、会場にスプレーをまいて何のにおいか当てるゲームなども取り入れながら、五感を育てることの大切さを強調。新聞を活用して親子のコミュニケーションを深める「ファミリーフォーカス」という手法を勧める岸尾さんは、山下さんと掛け合いながら、新聞記事や記事データベースを使って、小学生にもできる「五感を呼び覚ます授業」を披露した。
 五感を呼び覚ます記事とは、どんな記事か。岸尾さんが取り上げたのは「大仏さまの鼻くそ」という名前が付いた菓子に、奈良・東大寺が異議を申し立て、特許庁が商標登録を取り消したという記事(五月十三日夕刊)。岸尾さんが、自分で取り寄せた菓子の実物を親子連れに配布すると、会場から笑みがこぼれた。
 「記事に書かれているものを実際に見て、においをかぎ、触ってみた上で、東大寺の立場や名前の付け方を話し合ってみたら」。岸尾さんの提案に、参加者は、菓子をかじったり、触ったり。「思ったより硬い」「キャラメルのような味」「名づけ方の発想はおもしろいが、東大寺の立場も考えると……」などと感想を語った。
 当日の新聞も題材にした。朝刊「くらし家庭」面から、コーヒー色や紅茶色など「“渋色”の花が若者に人気」という記事に着目した小学生は、「腐ると臭そう」「ほんのりしたにおいがしそう」と発言。山下さんが「においの記憶を呼び覚ましながら記事を読むと、奥行きや現実感が出てくるよ」と付け加えた。
 読売新聞の学校向けデータベース「スクールヨミダス」も、五感を刺激する記事探しに一役買った。
 東京都大田区の小学五年生飯田真由さん(10)は、用意されたパソコンを使って、北海道釧路市の小中学校で今秋から、給食にクジラ肉を出すという記事を探し、「お父さん昔、給食で食べたと話していたので、私も、見てみたいし食べてみたい」。父の信一さん(45)の方は、「牛肉を少し硬くしたような感じだった。肉と魚の間のような味で、あまり好きではなかった」と振り返った。
 「今度、一緒にクジラ肉を食べに行けば、一緒の感覚を経験できるね」と山下さん。親子のコミュニケーションを広げる具体的な事例を示す形となった。
 データベースの利点について、山下さんは、配達される新聞では読めない地方の記事が読める点を挙げ、岸尾さんも、新聞と連動させることで、正確で多様な情報を得ることに役立つと強調した。
 二人はファミリーフォーカスの後、五感と新聞の関係について語り合った。
 「記事の中にひそむいろいろな感覚世界を発見していくことが、新聞を深く読む楽しさにつながる」と山下さん。岸尾さんも、「新聞は漢字が多く、小学生には難しいこともあるが、五感を使っての記事探しなら、子どもにも無理なく楽しめる」と、親子での音読やカラーペンでの書き込み、写真記事の活用を勧めた。
 また、岸尾さんは、「タイムマシンに乗るように過去の記事を読み、タケコプターをつけて上空から見るように写真を楽しめ、どこでもドアを使うように世界中の情報がわかる」と、新聞をドラえもんのポケットにたとえた。
 最後に山下さんは「子どもが、自分の中にたくさんの感覚の引き出しを持てる機会を、大人や社会が提供する必要がある」と提案。岸尾さんも「堅苦しい新聞を、もうちょっと子どもに身近に感じてもらえるよう、新聞社も努力してほしい」と注文をつけた。


 2006年6月に東洋館出版から出版された山下さんとの共著には、当時東京大学教育学部教授の佐藤一子さんの推薦文「五感力は生涯学習の基礎・基本」という言葉が帯に書かれています。五感力の育成は学校教育に限定されるものではなく、生涯学習として位置付けることが望ましいのです。執筆時からもう15年以上過ぎたこともあり、残念ながらこの本は現在絶版になっているためお読みいただくことが難しいです。
 そこで私が執筆した個所の要約を掲載することにより、どのように五感力を活用できるかヒントが提供できればと思います。

 「五感」を拓く-学校・家庭・地域の現場から-
 「五感」を生かした教育は、学校でも家庭でも地域でもなにげなく行われてきたことだと思います。日々の営みの中で、教師も親も地域の指導者も「五感」ということを意識するかしないかは別にして、子どもたちを教育してきたのではないでしょうか。
 私の「五感」を生かした実践を振り返ってみます。
 
●五感で地域を探る
1981年、教師になった私は3年生を担任しました。社会科の学習は地域学習です。学校がある東京都港区の地域を学びますが、私学の子どもたちはいろいろなところから通学しています。ですから、学校があるところと自分が住んでいるところを常に比べるという手法をとりました。その時に子どもたちに与えた視点が「五感」を生かすということでした。
 地域を探るときに、自分の目、耳、鼻、口、手と足を使うことを強調したものです。夏休みには、どこでもいいから自分が歩いた地域を探る課題を出しました。子どもたちはそれぞれ調べたことをレポートにして提出しました。ある子どものレポートを紹介します(ほんの一部の抜粋です)。「五感」すべてを書き込んだレポートではありませんが、地域をいろいろな感覚で調べていることがわかるレポートです

●五感で環境を探る
​ 私が勤務する学校で、5・6年生は山梨県の清里を中心にして校外学習を行っています。2日間の環境教育プログラムではキープ協会環境教育事業部のレンジャーの方々に指導していただいています。
 5・6年生の最近のプログラムは以下のようです。
【5年生】
 道草ハイキング 清里の森・草原・生き物と親しむ。
 バターづくり  牛乳からバターをつくり、味わう。
 自然体験プログラム 自然に親しむ視点を知り、味わう。
 ア・ピース・オブ・フォレスト 小さな鉢に森をつくる。森の成り立ちを知り、小さな命をいとおしむ心を養う。
【6年生】
レンジャーのお部屋(興味別自然体験プログラム)
 ・虫を応援するプログラム
 ・小動物を応援するプログラム
 ・鳥を応援するプログラム
 ・ヤマネを応援するプログラム
道草ハイキング 川俣川渓谷の自然に親しむ。

このプログラムをスタートさせたのは1990年です。当時は自然保護を中心とした環境教育が学校現場に十分浸透していた時期ではありませんでした。6年生の子どもたちが体験した自然体験プログラム(ネイチャーゲーム)、道草ハイク、ア・ピース・オブ・フォレストなどはまさに五感を使っての環境教育プログラムでした。子どもたちにとってもこの体験は貴重なものでした。

学校に帰り子どもたちが企画したのは、学校で環境教育プログラムを実施してみようということでした。企画はすべて子どもがつくりました。レンジャーには子どもがなりました。
 私が勤務している学校は都会の中でも緑が多い環境に恵まれたところです。なにげなく暮らしている学校の自然を、子どもたちが計画したプログラムを通して再認識すると同時に、自然を守ることの大切さをさらに学んだのでした。

●五感で動物園を探る
私には3人の子どもがいます。高校生の男の子、中学生の男の子、一番下の娘は小学生です(当時)。男の子二人は、地域の野球チームに入っていました。野球の練習や試合は「五感」をたっぷり使うことに気が付きます。娘もとにかく外で遊ぶのが大好きで、私がいつも疲れてしまいます。家の近くに多摩川があり、土手や河川敷で遊んだり、ゴマヒゲアザラシのタマちゃんが最初に見つかった多摩川に近い多摩川台公園で遊んだりします。外で遊ぶ時は「五感」をたっぷり使います。それが自然な姿なのでしょう。
 動物園は子どもの「五感」が大いに発揮できる場所です。横浜市立野毛山動物園には娘と一緒によく行きます。京浜急行日の出町駅から坂道を登って10分ぐらいのところにあります。入園料は無料です。レッサーパンダ、チンパンジー、ライオン、トラ、キリン、ペンギン、ツキノワグマ、コンドル、オオタカなどの動物を見ることができます。もちろん、匂いを嗅ぐことや声も聞けます。あるときには、オスのライオンがものすごく大きな声で長い時間吠えていました。ライオンのこんな声を聞いたのは私にとって初めてでした。

 野毛山動物園では「なかよし広場」があり、そこではモルモット、ハツカネズミ、ニワトリ(チャボ)、ヒヨコを抱いて触れ合うことができます。触れ合う時間もたっぷりとれます。子どもと一緒に大人も楽しそうに触れ合っていました。私も久しぶりに触りましたが、その感触に懐かしさを感じるとともに癒されることに気が付きました。小動物に触れ合うことができる動物園は、子どもも大人も「五感」を呼び起こす大切な教育の場であると感じました。

(作品、写真は共著『子どもを育てる五感スクール 感覚を磨く25のメソッド』東洋館出版、2006年。から引用しました)
 
今回ご紹介した本書の詳細については、学びの未来研究所のホームページ「五感を伸ばす教育メソッド」を参照して下さい。
https://www.manabinomirailab.com/fivesenses-top
 
京都大学元総長でゴリラ研究者の山極寿一氏も著書『スマホを捨てたい子どもたち』(ポプラ新書、2020年6月発行)で次のように書かれています。「信頼関係をつくるのは言葉ではありません。言葉は代替物であって、信頼関係へのリアルな架け橋になるのは、それ以外の五感の中、正しくは五感を感じられる身体の中にあります。フェイスブックやライン、ツィッターを駆使して、どこかで他人とつながろうとする。でも、身体のつながりなくして、本当につながることができません。本当に信頼できる人とのつながりをつくるには、時間と空間を共有し、五感を使った付き合いをする必要があります。」

 AI時代に五感のもつ役割について考えていくことが必要でしょう。
 さらに、私の39年の教育実践で感じてきたことがあります。「五感を生かして、自由研究に取り組める子どもの多くは非認知的能力が育っている。そして、非認知能力が育っている子どもの多くは認知能力も育っている」ということです。非認知能力とはテストなどで測れる能力ではなく、好奇心、意欲、集中力、コミュニケーション力、関わり力などの能力です。五感力を生かして非認知能力を育成するメソッドぜひ研究していきたいです。

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