人気アニメから敵と味方の性質を見る...見方を変えると

私が小学生の頃、父が洋画を観ていると、大抵私は父にこう問いかけていた。「ねぇねぇ、どっちが敵?どっちが味方?」途中からしか観ていなくてストーリーが分からなかったからかもしれないし、単純にどちらの登場人物を応援したら良いのか瞬時に知りたかっただけかもしれない。

紙芝居などの日本昔話では、多くの場合「鬼」は悪者として描かれる。主人公がいわゆる「ヒーロー」、そして鬼は「悪役」という構図が鉄板だ。小さい頃に善悪を知り悪いものには立ち向かう、悪いものには従わない、といった精神を持たせるためなのか。

きっと世の中の殆どの人が「悪」と呼ばれるものを悪と信じて疑わない。

ジャンプおきまりの主人公成長物語『僕のヒーローアカデミア』では世界を救う正義のヒーローを目指し、ヴィランと呼ばれる悪と戦いながら主人公が成長してく。世界総人口の80%が超人社会の中で、超常現象と言われる、火をふく、物を引き寄せる、などのあらゆる「個性」が人間の体に現れた時代。その個性を使った犯罪が多発する社会をヒーローと呼ばれる職業の人々が抑制していく物語だ。この物語の面白いところは、ヒーローだけでなくヴィランと呼ばれる悪役の過去やその状態に至った理由や経緯にもフォーカスを当てているところだ。その背景や理由などを見ていると、悪は悪でも共感点がゼロというわけでもない。

画像1

もう一つ例を挙げると、人を食らうとされている鬼の存在。人間側からの見方では鬼は我らを食べに来るから悪とされるが、鬼側からの見方では自身が生き永らえるためには否が応でも人の血肉が必要だ。そう、ご存知の方も多い『鬼滅の刃』に登場する鬼たちのように。そういう観点から見ると、鬼も人間もそう変わらない。人間も動物の肉を食べているから。きっと、家畜動物の観点からすると人間は極悪非道の最悪な敵であろう。

画像2

物事の背景や見方がわからない場合、私たちは多くの「場合大多数の意見」だとか「近しい人の考え」だとか「有名人の発言」などに影響されやすい。でも、本当にその見方が正しいかどうかは、自分の中の尺度や価値観も必要ではないか。噂で「あの人〇〇らしいよ」と言われていても、私はその人と会話した感じや、その人が別の人と接しているところを見て総合的にどう思うか判断したい。他の人の意見は参考にするが鵜呑みにはしたくないのだ。

それはニュースでも言えることだと思う。どんな人の言動もその元となる考え方がある。それはこちらからは、善と読むのも悪と読むのもどちらからもできるという事。同じ方向からだけでなく、違う方向から見ている考えている人の意見も見た上で、自分がどのように判断するか決めなければならないと思う。

画像3

洋画の登場人物を父に敵味方を訪ねていた頃から数十年経った今では、当時の自分に「どうして敵と味方の判断を他人に委ねるのか」と問い正したくなる。