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人が本当にみんなを幸せにするとき

普段保育園で働いている。
今日は、園庭にあるブランコに子どもたちが群がって遊んでいた。
ブランコいうても、庭に生えてる木にロープと木の板を使って、しばりつけたので、ちょっと3歳児4歳児には小さい。しかも、ブランコの背面側は隣の敷地を区切る柵があって、ブランコをちょっと本気で漕ぐとぶつかる。

今日は、そのブランコで遊んでいた。2~4歳児6人くらいの子たちが。
最初はブランコに6人全員乗ってみんな「痛い!」って言ったり楽しくなったりしていたが、やがて、乗っている子の後ろを、うまいことブランコにぶつからずに通り抜ける遊びが流行りだした。

そこでびっくりしたのが「この子がブランコに乗ってるとみんながめっちゃ楽しい」って子がいたのだ。(仮にAちゃんとする

ブランコは子どもが小さかったり軽かったりすると大きく漕げないし、大きいと重すぎて乗る面が地面をこすって揺れに不規則性が生まれて面白くなかった。適度に重くなくて、軽やかに一定感覚で速いリズムで漕げる子が、Aちゃん1人だけだったんだ。

ブランコに乗る子は時々交代し、後ろを走り抜ける子は常にいたが、Aちゃんがブランコを漕ぎ出すと、みんなウキウキとして、その場がひとつの塊のようになった。Aちゃんもとっても楽しそうに漕いでいる。自分の漕ぎが、この場全体の幸せにつながっていることを意識しているからこそ漕いでいる、そんな気がした。普段からみんなが幸せか、楽しいか、なんとなく気にかけながら生きている子だなあ、と思っていたが、その思いが満たされたようで、とてもいい表情をしていた。

みんなはやがてわざとAちゃんのブランコにぶつかりだした。ちょっとびっくりしたが、木のブランコなのと、みんなの顔がまったく痛そうじゃないのと、笑い声が出ていたので、見ていることにした。

私はみんなの笑顔を見ているうちに気づいた。
「才能ってこういうことなんだ」。
運動神経がいい、頭がいい…、そういう人はたくさんいる。でも、本当に才能がのびのびと世界に向かって発揮され、周りの人を幸せにするときって、それはそれだけじゃだめなんだと思った。Aちゃんがブランコの乗り手として、Aちゃんも周りの子も幸せにしたのは、

・身体の重さのちょうどよさ
・運動神経のよさ
・ブランコに乗る技術の高さ
・周りの人が楽しかったり幸せだったりするのがうれしい性格
・主役ではなく、脇役としてひいても楽しい性格

という、ざっくりいうと「AちゃんがAちゃんだから」だったのだった。それがたまたま「ブランコの後ろをすりぬける、もしくはわざとぶつかる」遊びにフィットした。Aちゃんの身体が軽かったせいで、それほどぶつかっても痛くなかったし、ブランコ乗りの技術が高かったから、Aちゃんもまったくブランコから落ちなくてすんだ。

人がそのままでいること+人の資質を受け止める独特の環境や状況
=本人と周りの人を幸せにする

と、思ったのだった。

だから、一芸に秀でてるだけではダメなんだ、いつも人がそのままでいて、自分が何をしたいか毎日思い知ることが、特定の場と出会うことによって、その人を伸ばしていくんだ…、って思った。

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