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10年目前だった恋人と別れた話

いつからだろうか、音を立てて崩れていってしまったのは。



太陽が高く登る夏真っ只中の頃、恋人と大喧嘩をした。
きっかけは私たちからしてみればほんの些細なこと。
それがあれよあれよという間に風船のように膨らみそのまま破裂してしまった。


高校三年生の頃から27に至るまでずっと一緒だった。

そりゃこんだけ長くいたら喧嘩なんて散々してきたし、またいつも通り元に戻れるだろうと思っていた。
それが今回は違ったのだ。


「ぺろみちゃんが俺の言葉のせいで傷付くのをもう見たくはないです。」

それが彼の答えだった。


私の恋人は人に話せばモラハラだと言われてしまうような気が強くてとても繊細で不器用な人間だ。

それが自分を守るためだというのも私はよく分かっていたし、それでいいと思ってもいた。

しかし、私もそう心のできた人間ではないのでそれがキツくなる日ももちろんあったし、そのせいで数え切れぬほど同じ過ちで衝突したりもしてきた。

何度も涙を流したし、何度も別れが頭をよぎった

それでも彼といる安心感、やすらぎとそれらを天秤にかけたら一緒に居る方へ傾く事は毎度のことだった。


しかし、彼の気持ちはそうではなかったらしい。


気付けば私たちの心は真逆の方向へ向き、違う道へ歩み始めていた。


そうとなると行動の早い彼はすでに引っ越し先を決め、出ていく日も決めていた。

当たり前のように働き、当たり前のように過ごしていたとある日。ついにLINEで出ていくことを宣告された。

頭を鈍器で殴られたような感覚、身体の末端に急に力が入らなくなり、ただただ涙が溢れた。あの時の感覚は今も忘れることができない。

全て自分の身の回りで起こっているはずの事なのに状況が飲み込めず、どうも身体が常に浮遊しているかのようで、ふわふわ、ネトネトとした謎の液体に包まれているかような毎日だった。


しかし、こうなっても帰る家は同じ。寝る場所も同じ。

つい最近まで仲良く腕枕をしてもらいながら寝ていたはずの場所では、お互いが背を向け、会話もなくただ睡眠という欲望をかき消すための場所へと変わってしまった。それがたまらなく辛かった。




時が経つのは本当にあっという間で、私もただ感傷に浸るだけでは済まされなくなってきた。

退去の日程も勝手に決められてしまい、このままでは多摩川の河川敷で寝る羽目になってしまうのではないかと焦りが生じてきた。

焦りが無ければ身体が動かないのは私の本当にダメなところ。恋人もこういう所が嫌だったんだろうなと思うと、また鼻の奥がツンとした。


紆余曲折という言葉でまとめ切れないほど色々あったが、なんとか無事に住む場所も決まり安心を手に入れる事ができた。

そうしている合間にも恋人は着々と愛の巣だったはずの家を出ていく準備を整え、とうとうその日がやってきた。


別れが決まってから、業務連絡以外話す事はなかった。

やりとりも直接言葉を交わす事はなく文字でのやりとりばかり。

冷たい空気が常に流れ、お腹の奥がズンと重くなり、胸を針で細かく刺されているかのような痛みが走り続ける毎日だった。

こんなものから早く解放されたい!と頭を悩ませる日もあったが、それより私の全てを理解してそれでもそばに居続けてくれたたった一人の家族を失う恐怖の方がずっとずっと怖かった。



お互い、言葉にできないほどに本当に不器用な人間で、これだけ一緒にいたのに真面目な話なんてほとんどしてこなかった。

俗に言う、意味のある喧嘩なんてしたことがない。

ただお互いの感情を吐き出すだけで、話し合いからはずっと逃げてきた。

9年も人生を共にしたのに。

いざ、別れを目の前にすると、何故今まで真面目に向き合う事から逃げてきたんだろうという後悔ばかりが頭を駆け巡った。


それと共に一緒に過ごした思い出、かけられた言葉たち、積み重ねてきた温もりがこれでもかというほどに蘇ってきて、子供のようにただワンワン泣くことしかできなかった。


「今までごめんね。」

そう声に出すことが精一杯だった。

しかし、当たり前のように全てを察してくれて優しく手を握り抱きしめてくれた。

恋人だって私が嫌いになって離れるわけじゃない事は分かっていた。

お互いのため、心を痛める時間を減らして、大人になるため。共依存からの脱却。どんなに時間を共有しても向き合えなかったからこそ、離れた方がお互いが本当の意味で幸せになれることを分かっていてこその選択。
だからこそ辛かったし寂しかったし悲しかった。



「ぺろみちゃんのために自分を犠牲にしてくれる人と一緒に生きるんだよ。」

「全部いっぺんにやろうとせずに、一つ一つの物事と向き合って片付けていくんだよ。」


それが恋人が私へくれた最後のアドバイスだった。





あれから一ヶ月ほど経ち、新生活をスタートさせた。


付き合っていれば10年目に突入していたはずの日も越えた。


実家とは絶縁状態な私にとってのたった一人だけの家族だった恋人。
そんな家族と別れた胸の痛みは今も消えないし、きっとどんな人と一緒に居たって埋まる事はないのかもしれない。

ふとした時に思い出しては胸が痛む日々。

しかしながら、そう思っているだけでは前に進めないのも事実。

身体のこと、心のこと、家のことをきちんとやりたいという私の意思でずっとパート勤務で暮らしてきた。

一人になった今、きちんとした肩書を持って働かなければいけないという焦りも生じてきたし、金銭面的にも本格的に動き出さなければならない。

考えなければならない事は山ほどあって、ゆっくり感傷に浸る暇すらないのだ。

恋人は、最後の最後まで私の心に畳み掛けるような試練を与えてくれる困った人だ。

でも、そんな困った人がなかなか忘れられないし、愛おしいと思って今まで人生を共にしてきた。

正直、彼を失った私が一人で生きていける気なんてしないし、毎日不安で胸が押しつぶされそうだ。

常に人生ハードモードな私がここからどこまで這いつくばれるか実物ですね。


20代前半で死ぬつもりだったのに、ここまでゾンビのように生きながらえてしまった。なのでそれなりに生きてみるか、という気持ちだけはあるのでやれるところまでやってみよう。

自立も自律もできないバカな女が試行錯誤しながら生き延びる姿を笑って見ていてね。


終着点は温かい家庭を築いて、大好きな旦那さんに見送られながら笑って死ぬ事。

いつかそんな夢が叶えられる日が来ますように。


ここまで私を支えて生きる希望を与え続けてくれた恋人に最大の感謝と敬意を込めて。

時間を割いて読んでいただきありがとうございます。 サポートしていただけると励みになります!