#45 プールの誘惑

徐々に暑さの和らぎを感じつつあるとはいえ、まだまだ日中に外を歩くと顔から汗が吹き出してくる。

今日は明け方のゲリラ豪雨のせいか、高い湿度が充満しており世界はもはや東南アジアの様相だった。

とはいえ、朝の散歩には懸命に出かける。
顔から吹き出す汗は数週間前はナイアガラくらいだったが、今は華厳滝くらいになっている。
まぁ、鬱陶しいことには変わりない。

タラタラと顔から汗を流しながらいつもの散歩ルートを歩いていると、通り道にあるスポーツジムに差し掛かった。

私がいつも散歩する時間には、元気な高齢者が暑い中にも関わらず開店前のスポーツジムの入り口で行列を成している。
「最近の高齢者ったら、元気で何より」
そんなことを思いながらふと沿道を見やる。

「プール冷えてます!」

と書かれた登りが何本も立ち並んでいる。
顔を上げれば、あのプール独特の塩素の香りが鼻をついてくる。

たまらない誘惑だ。

子供の頃、通っていたスイミングプールのあの香り、あるいは夏場の体育で受けたプール授業。科学的なのに、郷愁にかられる匂いだ。

きっと、今行列している高齢者達は数分後にはあの冷えたプールに浸かって、ゆるゆると身体を動かすのだろう。その後、サウナに入るかもしれない。

そういや今年、プールの類に入ってない。
まぁ、大人になってからは入らないことが多いのだから別に焦ることもないのだが、しかしこうもジトジトした中を歩いていると、プールに浸かったときの快感ばかりが脳を掠めていく。

冷たい水に浸かるのは、自分と世界との境界線を曖昧にして、溶け込む喜びに満ちている。自分の身体をあらゆる制約から解き放ち、思いのままに動かしながら、自分という意識と肉体を少しずつ手放すイケナイ快楽に耽れる。

しかしプールに入ってる場合ではない。
私はこれから仕事だし、今は水着も着替えも持っていない。

じとーっと「プール冷えてます!」の登りを見やりながら、歩みを進める。
顔と身体からは、相変わらず汗がダラダラ流れている。
早く流したい、できればあのプールで。

ここ最近は、毎朝この誘惑に打ち勝っている。
いつ負けるか賭けてみるか?

多分、私が勝つよ。
当たり前だけど。

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