告白
20年、生きた。必死だった。
通知表が全て"よくできました"の子供だったもの。
義務教育なんてほぼ皆勤賞だったし、部活も勉強も真面目にやった。塾と進研ゼミも掛け持ちしてさ。習い事も7〜8年続けたものばかり。
だけどどれも身にならなかった。
家では手がかかるから、いつも暴力を振るわれていた。
なんだかそのカラクリを知ってしまったよなあ。
周りがスッとできることも、その何倍も何倍も努力してやらなければならない。
考えてみれば、幼い頃から親が私に暴力をふるっていたのは、普通よりもかなり手がかかる子供だったからだ。
それについて深く考えることがなかったから、今まで立ち止まることなくやってこられた。
今自分は発達障害だと知って、自分の中の何かが変わってきている。
もっと早く知っていたら・・・努力はやめて、のんびり暮らしていたのだろうか。
人間関係にも期待しない代わりに
人を傷つけるような言葉も言わずに済んだだろうか。
私を肯定していた全ての経験、幸せな思い出、手に入れた良い人間関係や将来性が、いっぺんに弾けて消えてしまった気がした。
これは、お先真っ暗とかじゃない。
どちらかと言えば
過去が真っ暗、未来はまっ透明という感じに思う。
疑問符に押しつぶされそうになりながら、相変わらず夕日の差す部屋で横になっている。
私には、全てを話さなければならない相手がいる。
その相手が今、こちらに向かっている。
ドカドカ!ガチャ!ガチャガチャ!
古すぎるアパートのドアが悲鳴をあげた。
鍵はあけてると言ったはずだが。
「おーい」
シャカシャカ耳障りな音を立てるパーカーを着た男が玄関に立っている。この音嫌いなんだよな。
ハムスターみたいな顔でこちらのご機嫌を伺っているのは、高校生の時から付き合っている彼氏。
「きたよ」
「すいませんねえ・・・」
とてもじゃないけど彼氏を呼ぶような部屋の状態ではないし、私自身もこの世の終わりみたいな顔をしている。
「えーっと、何から聞こうか?」
「とりあえずこれを読んでくださいよ」
「お、これが噂の診断結果ですか」
涙でカピカピの紙を躊躇なく手渡す。
ワンチャン嫌われるね。
いや、絶望世界だと決めた私の未来で、今後パートナーがいようがいまいがもはや関係ない。失うものはもうない。
「なになに?学習障害?あー、わかるわかる。時間感覚ないもんね。へー!こんなんだったら俺も多動じゃん。注意欠陥?もしかして免許とれなかったのってこれ?」
「あぁ・・・」
頭がズキンとした。運転免許をとるために教習所に通いはじめたが、適性検査で呼び出され、一度試しに乗ったきり退会している。もちろん全然退会したかったわけではない。「君、運転本当に向いていない、返金するから」と退会をすすめられたのだ。
「そうだよクビになったんだよあれは、実質」
「世界平和のためだよね」
いたずらに笑う彼にむかって思い切った質問をする。
「そう、それで、あの・・どうでしょうか、私、またクビですか?」
「え?」
「お嫁さん候補、クビですか」
「えっ 」
驚いた顔をしたのも束の間、ニヤッとした彼は私を指さして笑った
「ブハハ!ここに書いてることは俺は知ってるよ最初から!」
「あー・・・」
「それが、障害とは知らなかったけどね。それよりそのゾンビみたいなクマと真っ白な顔とかの方が気になるよ?どんな生活してるの?」
「その・・・沼の主のような」
「それを何とかしてよ、とにかく」
「・・・」
「薬とかもらったんでしょ?それで人生なんとかならないの?」
「わからない。今のところは、ただただ気持ち悪い」
処方されたストラテラという薬に目をやる。かなり奇抜な色をしているカプセルだ。
「良くならなかったら医者に文句言ったらいいから、とにかくお風呂に入って」
なんだその暴論。ポジティブな人って、人生の大切な告知を受けてもこういう感じなの?
しぶしぶ洗面所の鏡に向かうと、干からびたしいたけみたいなのがハート柄のパジャマを着ていて控えめに言ってもキモすぎる。
だめだ、せめてブナピーにならなければ..
久しぶりのシャワーが棘のように突き刺さる。感覚が過敏すぎたのもそのせいだったのか。
空間がぐにゃっとふいに揺れるような気がして気持ちが悪い。先生はいくつか薬を処方したが、そのどれかの副作用だろうか。
ストラテラは発達障害の薬。それから抗うつ剤と、睡眠導入剤。
私は抑鬱状態らしい。
なぜだか彼氏は、あまり気にしていないみたいだ。
だけど、学校はどうしよう、友達は、バイトは、卒論は、国家試験は、就職は・・・人生は。
卒業単位は取り終えている。あと半年しかない。
考えれば考えるほど、頭の奥の方がズンと重い。
「上がりました・・・」
「よし、おでん食べよう。おでん。」
「あの、卒論さ・・・」
「おでん」
「はい・・」
この時食べたセブンイレブンのおでんとは、今後長い付き合いとなる。
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