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KASAOTOKO

こんにちは。

秋だってのにどんより雨続きでかなしいです。

そういえば昨日気が付いたのですが、ぼくはどうやら『傘男』のようです。ずっと自分は雨男ではないかという疑念に悩まされてきましたが傘男でした。

傘男というのは「傘を持って出かけると雨が降る人」という意味です。ぼくが傘を持てば雨が降り、雨予報でも手ぶらで出かけたら晴れないまでも曇りで留まります。完全に雨男の上位互換です。

昨日も会社から帰るとき曇りだったのですが傘を持ち帰ったら最寄りの駅のあたりは雨が降っていました。これが傘男の実力。そしてお気付きかもしれませんが、この傘男の能力、非常に恐ろしいものです。

なぜなら傘男の能力は利己的に天気を操ることが可能だからです。

ぼくが善の人間か、悪の人間かによって誰かの人生を左右できることができるといっても過言ではありません。

もしも善の人間なら雨予報のイベントに手ぶらで出かければ雨天を回避できます。逆に悪の人間なら嫌いな人間の息子の運動会を雨天中止・ないしは雨天決行にする悪逆非道を働くことも叶ってしまいます。

もしもあなたの前に傘男が現れたら気を損ねないよう、どうか十分にお気を付けください。

ひ~ひっひっひ・・・


さて、ここで突然ですが物語をお楽しみください。



ずぶ濡れの女 笠尾透子

第一話【傘を持った女】

「あなた、言ってなかったんだけど、数日前から家の前に傘を持った人が立ってるの・・・」

雨続きのある日、いつもあっけらかんとした妻がいつになく深刻そうな顔でそう言うので心配になって外を見ると、深夜0時という時間にも関わらず確かに傘を持っているのに雨ざらし人物が街灯の下で立っていた。

俯いており顔が見えないが、全身真っ黒な装いの大柄な女性のようだ。

「本当だ。朝になってもいるようなら警察呼ぼうか。それにしてもなんで傘差さないんだろう。気味悪いな。」

私はずぶ濡れの女に得体の知れない不気味さを感じたが、この日は寝ることにした。



「いってきま~す!」

「ちょっと!忘れ物してない?気を付けてね」

「大丈夫!パパいってきま~す!」

「いってらっしゃい」

翌朝、私が出社の準備をしていると小学校四年生の娘は元気に家を飛び出していった。

「そういえばあなた、昨日のことだけど・・・」

「大丈夫だって。さっきも外見たけどもういなくなってたし。なんか理由があって立ってたんじゃないか?気にしすぎだよ。」

「だと良いんだけど・・・」

妻は昨日の女のことがまだ気にかかるようだ。かくいう私も昨夜は気になってなかなか寝付けなかった。

「気にしなくて大丈夫だよ。いってきます。」

「あなた、気を付けてね。」

ガチャ

玄関を開けたときここ最近続いていた雨が降っていないことに気が付いた。

「ようやく傘を持たずに出掛けられるな。」

手に持っていた傘を傘立てに戻して私は家を出た。



その日の夕方、最寄りの駅に着いた私は立ち往生していた。

「降らない予報だったのになぁ。」

会社を出る前に確認した天気予報は外れ、最寄り駅に着いた途端に突如としてざあざあ降りの大雨が降り始めたのだ。

子どもを世話してる妻に迎えに来てもらうのも悪いし、近くに売店もない。私は仕方なく濡れながら走って帰ることにした。

雨の降りしきる中、私はカバンを雨除けにして家路を急ぐ。

「こんなに降るなんて今日はついてないな・・・」

街灯の少ない薄暗い住宅街を10分ほど小走りで進むとようやく我が家が見えてきた。もっと近くの家を購入しておくんだった。そんな後悔をしていると。

「ん・・・?」

我が家の前の街灯の下に人影が見える。こんな雨の中で傘もささずに立っている不気味な・・・。私はぎょっとした。

「昨日の女だ・・・」

今朝はいなくなっていたあの女が立っているではないか。

昨日と同様、俯いていて顔は見えないが、とても人とは思えない不気味な雰囲気を感じる。手には傘を持っているのにやはり差すことはなく、更には「はぁはぁ」と荒い息遣いまで聞こえてくる・・・

その不気味さにこれまで経験したことのない恐怖感を感じた。急に襲われたらどうしよう。傘で突き刺されるかもしれないぞ・・・

様々な恐ろしいシーンが頭をよぎりながらも、尋常ではない恐怖に苛まれながら私は彼女の前を決死の思いで通り過ぎた。土砂降りの雨の中なのに自分の心音がバクバク鳴るのを感じる。

「うぅ・・・」

彼女の前を横切った瞬間、鳴き声のようなうめき声のようなものが聞こえた気がした。

その瞬間、私は女の方を見ないようにしていたにも関わらず不意にそちらに目を向けてしまった。

すると女はぎょろっとした獣のような眼玉でこちらをまじまじと見つめていた。

「うぁぁぁ!」

私は恐ろしくなり全力疾走で家の前で走る。まだ恐怖で体が強張るなか、私はカバンから急いで鍵を取り出す。もしかしたら真後ろまで来ているかもしれない・・・

そう思うと私は私は恐怖で手が震えてしまい、なかなか鍵が鍵穴に入らない。

カチャ・・・!カチャ・・・!

なんとか両手で鍵を持ち、震えを抑え込みながらゆっくり差し込むとようやく鍵を差すことができた。そうして鍵を開けた私は大慌てで家に入った。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

家に入るとリビングの扉が開き妻が出てきた。

「あなた、おかえりなさい。え?傘持ってなかったの!?」

「あ、ああ・・・降らない予報だったから・・・」

「ちょっと待ってて。今タオル持ってくるから。」

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

走ったせいなのか、それともあの女がいた動揺からなのか、全く息が整わず私はその場に座り込んでしまった。

気味の悪い女だ。思えばここ数日、帰宅するときにいつもあの女があの街灯のいたような気がする。なんで気に留めなかったんだろう・・・そう思うと更に恐ろしくなってきた。

そもそもあの女は誰なんだ・・・?うちの誰かに恨みがある人間か?それともストーカーか?もしかして我が家に危害を加える気だろうか?全く思い当たる節がない。いつからうちを付け回しているんだ・・・?

いや、あの女は昨日もあの街灯の下にいたよな。何か別の理由があってあの街灯で待ち合わせでもしているのかもしれない。別に我が家がターゲットというのは確定してないんだ。そうだ。待ち合わせに違いない。きっと大丈夫だ。

「でも、もしかして・・・」

私は恐怖を感じながら玄関ののぞき穴に顔を近づける。もしかしたらあの女が玄関の前にいるかもしれない。安心したければ勇気を出して覗くしかない。

ドアに顔を近づける・・・

絶対にいるに違いないんだ。確かめないと家族が危険に晒されるかもしれない。覗かないと・・・!

覗かないと・・・!

「あなた!!」


振り返るとタオルを持った妻が立っていた。

「なにしてるの?」

「あ、いや、別に・・・」

「ほらタオル。」

「あ、ありがとう・・・」

「着替えてご飯食べちゃってね。私たちは先に食べたから。」

「そっか、分かった。」

「あ、そういえば昨日の傘さした人なんだけど・・・」

「え!?あ、どうしたの・・・?」

「さっきタオル取りに行くときに前に外見てみたけど今日はいなかったよ。本当良かった~。このまま現れないと良いんだけどね」

「本当に?そ、そう。良かったね。」

「それにしてもあなたも本当にタイミング悪いよね。帰ってきた途端に雨が止んじゃうんだから」

「え・・・雨止んでるの?」

「止んでるよ。タオル取りに行ったときには降ってなかったから」

私はあの女とこの雨との関係を疑わずにはいられなかった。雨の日にだけ現れるストーカー?それとも雨の日にだけ現れる幽霊?

あの恐ろしい息遣いと威圧感。私は当分この脳裏に焼き付いた光景を忘れることはできないだろう。



第二話【女の正体】

本日は待ちに待った娘の小学校の運動会当日だ。会場の小学校のグラウンドはたくさんの父兄が集まり大変賑わっている。今日はうちの父親と妻の両親もわざわざ上京して孫の活躍を見にやってきている。

そういえばあの大雨の日から一切雨は降っておらず、傘を持った女が家の前に現れることもなくなった。もう大丈夫だろう。私は心の片隅に不安と恐怖を感じながらもあの出来事を忘れようとしていた。

「じいじ、ばあば、かけっこ行ってくるね!」

娘のコンディションも上々だ。今日は元気な姿をたくさん見せてくれるだろう。うちの両親もとても嬉しそうにしている。

「今日はいい一日になりそうだな。」

この日の運動会は娘が大活躍だった。徒競走は一位、玉入れでは驚異のコントロール、綱引きでも娘のクラスが優勝した。

「すごい大活躍だったね~。」

お昼ごはんの時間、家族でお弁当を囲んでいると話題は娘の活躍のことで持ち切りだ。娘も鼻高々といった様子で午後のリレーに向けて気合を入れている。これは午後も期待できるぞ。

そんな家族団らんの時間を過ごしていると、不意に遠くから視線を感じた。だがあたりを見回しても特に不審な人物がいる様子もない。

「どうかしたの?」

「いや、なんだか見られてるような気がしたんだけど。」

「うちの子が活躍したから誰かが噂話でもしてたんじゃない。」

「そうだね。大活躍だったからね。」

そう言ったもののまだ誰かから見られ続けているような感覚が首筋に纏わりついている。空は午後になると徐々に曇りだしてきていた。



昼休憩が終わると早速お楽しみのクラス対抗リレーが始まった。うちの子はもちろんアンカーだ。

パーン!

スタートの合図が切られると一斉にスタート。5クラスそれぞれのランナーたちが一生懸命走る姿に会場はこの日一番の盛り上がりだ。

リレーの順番が回っていく。娘のクラスは1位に離されての2位になっていた。でもこのくらいの距離なら娘の脚力で挽回できるかもしれない。

「さあ、そろそろ出番がくるよ!おやじビデオカメラ大丈夫?」

「大丈夫だ!」

うちのおやじも孫の活躍に鼻息を荒くしている。

「うちのカメラでも捉えるぞばあさん!」

「じいさん!手振れには気を付けるんですよ!」

「任せなさい!」

「あ、こらおじいさん、立ち上がったらいけませんよ」

「立たんと孫の頑張りが見えんじゃろ!」

妻の両親がそんなやりとりをしていると後ろから怒号が飛んできた。

「おいじいさん!座れよ!!」

「なんじゃお前は!」

「うちの息子が撮れねぇだろうが!」

どうやら今走っている子の父親のようだ。

「うるさいわい!!」

「じじい!どけってんだよ!おら!」

ゴツン!

「うぅ!なにするんじゃぁ・・・うぅ・・・」

なんと後ろにいたその父親は妻の父に向って石を投げつけてきた。どうやらビニールシートの四隅を留めていた石のようだ。意外と大きい。これにはさすがの私も激昂した。

「ちょっとなにするんだ!立ってたのは悪いけど石投げることないだろ!」

「うるせえ!とっととどけ!お前らも座れよ!撮れねぇだろうが!」

「なんだと!この野郎!」

ゴツン!

その男はまたしても大きな石をこちらに投げつけてきた。今度はそれがうちの父親の後頭部に当たった。

「おやじ!てめぇふざけんじゃねぇぞ!この野郎!」

「なんだ!おめぇにも石投げてやろうか!」

するとその時だった。

ザザァァァァァァァァァァァァァ!!!!


突如として豪雨が降り始め、辺りは騒然となった。リレーは急遽中止。娘の出番が来る直前での撤収となってしまった。

「どうしてこんなことに・・・」

頭から血を流す実父と義父。看病する妻と義母。グラウンドに目をやると練習の成果を出せずに悲しそうな顔をする我が子の姿があった。

「あなた、保健室から救急箱借りてきて!」

呆然としていた私は妻の言葉ではっと我に返り保健室に向かう。今日は楽しい一日になるはずだったのに。それがこんなことになるなんて・・・

「ん・・・?また見られてるような・・・」

大雨でごった返す人ごみの中を進んでいると、私は校庭の隅からこちら見ている人物がいることに気が付いた。

真っ黒な服装、手に傘を持ち、全身ずぶ濡れで木が生い茂る暗がりの中からこちらを見る女。

「あれは・・・」

そう、我が家の前にいたあの女がそこに立っていたのだ。

「もしかして今日起こっていることはお前のせいなのか・・・?」

そう考えたら恐怖心よりも怒りの感情が勝り、私は保健室に向かうことなど忘れ、走って女に詰め寄った。

今日のために練習してきた娘やビデオカメラを新調してこの日を楽しみにしていた両親の気持ちを踏みにじられたようで許せない気持ちが溢れかえってきたのだ。

「お前ふざけるなよ!!」

私が怒りに任せて女に向かって猛ダッシュで近寄ると、なぜか女の方からもこちらにものすごいスピードで近寄ってきた。

「え!?」

人とは思えないそのスピードを目にした瞬間、さっきまでの怒りはどこへやら。私は恐ろしくなってしまい、慌てて踵を返して逃げる。

「はぁ!はぁ!あいつはやばい!殺される!」

後ろを振り返ると女はまだ私を追って来ている。

「はぁ!はぁ!だめだ!速すぎる!」

息が荒くなる。私は女から逃げるために一心不乱に学校の校庭を全力疾走した。恐い!恐すぎる!誰か助けてくれ!

また後ろを振り返ったとき女は傘を口に咥えて四つん這いでこちらに迫ってきていた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

私は年甲斐もなく叫びながら大雨のなか逃げ続けた。

すると突然背中に衝撃が走り私は思い切り転んでしまった。女が私にタックルしたのだ。

ズザザァァァァ!!

女は私の上に覆いかぶさり、「はぁはぁ」と息を荒げる。

あぁ、もう私はここで殺されるんだ。妻、娘、不甲斐ない父親を許してくれ。娘の成長をこの目で見たかった・・・なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないんだ・・・畜生・・・!

でもどうせなら自分が誰に殺されるのか犯人の顔くらいはしっかり見てやろう。畜生!許せない!我が家の幸せを奪うこの女!あの世で恨んでやる!

私は意を決して思い切り身体を反転させ仰向けになる。女は私の上にまたがりこちらを凝視していた。

「うわぁ!化け物!!」

人間とは思えないほど大きな口、ぎょろっとした目玉、つぶれた顔面が私に近付いてくる。「はぁはぁ・・・」と大きな口から垂れたよだれが私の頬を伝う・・・

こんな化け物だったのかよ。なんでこんな訳の分からない化け物に私が付きまとわれなきゃいけないんだ・・・私が何をしたって言うんだ。まだ死にたくない・・・なんでこんな犬みたいな化け物に・・・

私はあきらめて目を閉じ喉元を食いちぎられるのを待った。妻、娘、そして家族のみんな、さようなら。さあ一思いに殺してくれ!


「はぁはぁ・・・」


「はぁはぁ・・・」


「・・・ぅワン!」


「わ・・・ワン?」

私がその可愛い鳴き声に驚き目を開ける。そしてあらためて女の顔を見てみる。大きな口、ぎょろっとした目玉、つぶれた顔面。

「お前・・・もしかしてユウコか・・・?」

「ワンワン!」

そこには私が中学生のころに死別した飼い犬フレンチブルドッグのユウコとそっくりの顔をした人間がいた。

「お前・・・本当にユウコなのか!?」

ユウコは嬉しそうにこちらを見て舌を出している。

「ワン!!」

私のあまりに嬉しそうな顔をみたからかユウコは私の口元をぺろぺろと舐めてきた。私はユウコと過ごしたあの頃が帰ってきたような気がして嬉しくなってしまい自然と涙が込み上げてきた。

「ユウコ!お前なのか!」

嬉しい!もう二度と会えないと思っていたユウコが生まれ変わって会いに来てくれた。そう思うと私は涙が止まらなかった。

ユウコも嬉しいのか私の上にまたがり顔中をぺろぺろ舐めてくる。

「ユウコ!ずっと会いたかったよ!ユウコ~!!」

私はユウコをぎゅうっと抱きしめた。

そういえばユウコは生前、雨が降ると傘を咥えて私のことを迎えに来てくれていた賢い犬だった。そうか、雨の日に現れるのは私に傘を届けようとしてくれていたのか。

「ユウコ!もうお前を離さないぞ!一緒に暮らそう!そうだ!今おやじも来てるんだ!お前のこと見たら喜ぶぞ!」

ユウコも嬉しそうに「ハァハァ」と声を上げながら私のことをこれでもかと舐めてくれる。

「そうだ!あたらしい家族もいるんだ!紹介するよ!」

私がユウコの手を取って立ち上がると妻と娘がすでにそこに立っていた。




最終話【現実】

「お父さん・・・その人、だれ・・・?」

娘が絶句したような目で私を見ていた。

「あなた、なにしてるの・・・?こんな学校の校庭の真ん中で・・・」

妻はそう言うと膝から崩れ落ち泣きだしてしまった。

私は状況が理解できない。

ふと観客席をみると両親と義父母が険しい表情でこちらを見ている。

その日運動会に集まった父兄たちはドン引きしていた。

教師もあり得ないくらい引いていた。

私は今このグラウンドで起こった異常な光景をあらためて振り返ってみた

「あ、え・・・?これやっちゃってる・・・?」


私は何もかもが終わったことを悟った。

「これ、なに?夢・・・?」

隣を見るとユウコの生まれ変わりと思われる女性が屈託のない笑顔でこちらを見ていた。

天を仰ぐ。

さっきまでの大雨は嘘のように止んでいた。

【完】



タイトルから考えたものの笠尾透子(傘男)という人物名を出す隙間が一切ありませんでした。残念です。


画像は田舎で見つけた怖そうな穴です。

では~。


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