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UAEの進める宇宙開発計画の紹介と日本の戦略 中編

世界初の人工衛星打ち上げ(スプートニク1957年)と人類初の有人宇宙飛行(ガガーリン1961年)によって始まった米ソの宇宙開発競争は、1969年の人類初の月面着陸(アポロ11号)によって幕を閉じる。これは丁度その頃始まった米ソの雪解けムード(デタント)の流れに沿った動きが宇宙でもあり、1972年に調印されて1975年に実施されたアメリカのアポロ宇宙船とソ連のソユーズ宇宙船の地球軌道上のドッキング実験とも呼応している。この時代から無理な背伸びをするのでは無く、宇宙を使っていくことに主眼が置かれるようになり、月や惑星では無くまずは地球周回軌道に宇宙開発の重点が置かれてきた。

その成果もあり丁度スペースシャトルが引退する時期(2010年前後)には、アメリカは地球周回軌道程度までは政府が主体となるのでは無く民間に任せる方針を打ち出し、2008年には国際宇宙ステーションへの商業軌道輸送サービスに関する契約をスペースX社およびオービタル・サイエンシズ社と締結、あらたな月・惑星探査計画の開始を宣言した。計画は政権の交代なども経て紆余曲折をたどるが、最終的には月の軌道近くに宇宙基地「deep space gateway」を浮かべて2030年代の火星探査を目指す計画(図1)として発表され、国際的な協力体制が作られつつある。1971年に建国した若い国であるUAEもまた、このアメリカの呼びかけに呼応して火星上に2122年までに都市を造ると宣言していることは前回述べたとおりである。

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図1 NASAが提唱する新しい月・火星探査計画
Credits: NASA's Journey to Mars - Pioneering Next Steps in Space Exploration

本メルマガの発刊にとってはとてもタイムリーなタイミングでNASAが2028年までの月Gateway探査計画のイメージを公開している(図2,3,4)ので合わせて参考にして欲しい。

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図2,3,4 月Gateway探査計画
Credit: NASA

残念ながらまだUAEにはそこまでの詳細計画は無い。前回も公開したような2122年の火星都市のイメージは公開されているが、そこに至るステップに関してはまだまだこれからの状況にある。

一方、我が国は有人打ち上げ能力こそ有していないが、有人宇宙滞在能力に加え、惑星間空間にまで到達する様々な技術を有しており(図5)、今後、UAEに対して技術提案を始めようとしている。

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図5 日本が有する宇宙技術(秋山作成)

秋山演亮先生2月号ー関連資料図6

図6 日本がUAEに提案中の火星開発計画(作図協力:SpaceBD)

UAE側の計画では明確に示されてはいないが、火星に都市を造るためにはアメリカの計画との共同歩調を取ることも必要不可欠である。日本側の提案はこれに留意して、図6の最下段にアメリカ側が提示している計画のタイムスケジュールを記述している。アメリカの計画にタイアップする形で日本・UAE連合で何をすべきか?の提案が中段・上段の図になる。

昨今では小型衛星や小型ロケットが「流行」であり、なんでもかんでも超小型で出来てしまうと思ってる人が居るとしたら、それは大きな誤りである。現在、超小型が舞台として取り上げられている地球周回軌道では通信機器―すなわち携帯電話的な役割や、地球観測装置―カメラや温度計や気圧計のような各種センサーが活躍する領域である。携帯電話やカメラの歴史を紐解いてもわかるように、これらの小型化・高性能化は必然であり、その意味ではこれらの衛星も超小型化していくのが当然と言える。しかし、火星に都市を建設する場合、最も重要となるのは「物流」であり「旅客」である。つまりそこで使われるのはトラックでありバスである。

考えてもみて欲しい。トラックやバスは、高機能化(スマート化)することはあっても、小型化するだろうか? UAEが火星を目指すにあたっては、このあたりの輸送系を再検討する必要がある。しかもこの場合の「輸送系」とは、我々が従来考えてきたような地球から宇宙への輸送系(高推力ロケット)ではなく、地球-月間軌道から火星軌道という軌道間輸送能力が必要になる。地球からはH2Bという高推力ロケットで打ち上げられる我が国の「こうのとり」は、宇宙空間で放出され、軌道間輸送船としての能力を発揮するまさにうってつけの基板技術の固まりと言える。これらの技術・ノウハウがUAEが進めようとしている火星開発に貢献することは間違いない。

また当然、これら宇宙開発を主体的に進めるにあたっては、「経験と勘と度胸」に基づいて作られた古代エジプトピラミッド型のプロジェクトマネジメントでは無く、多数他分野の専門家が参加して実現したアポロ型のプロジェクトマネジメントを理解した人材育成も重要となる。日本では長らく小型弾道ロケットや学生衛星などを使ったOJTによる教育が進められている(図7)が、これらもまた、UAEの進める宇宙開発に貢献すると期待される。日本とUAEは、政府間・エージェンシー間・民間同士・大学間で、今後必要となる協力関係をまさに今、構築しつつある。

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図7 学生教育用に打上実験が行われているハイブリッドロケット。数百mから数kmの弾道飛行を行う



UAEの進める宇宙開発計画の紹介と日本の戦略
前編はこちら→https://note.com/pequod_crews/n/nc4f4769b9acc
中編はこちら→https://note.com/pequod_crews/n/nf64df16e9f6a
後編はこちら→https://note.com/pequod_crews/n/ne2c9a7a306e6



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秋山演亮
和歌山大学・教授 / 千葉工業大学惑星探査研究センター・首席研究員 / 内閣府宇宙開発戦略推進事務局・宇宙政策委員会専門委員

1969年西宮生まれ。1994年京都大学農学部林産工学科を卒業後、西松建設(株)に勤務。「はやぶさ」や「かぐや」探査計画に参加、宇宙開発事業団客員研究員・宇宙科学研究所共同研究員を務める。2002年社会人として東京大学にて理学博士を取得。秋田大学・PDエアロスペース(株)を経て現職。2010年には内閣官房「今後の宇宙政策の在り方に関する有識者会議」委員を務め、現在の我が国の宇宙開発政策・体制変更に係わる。2016年より千葉工大とクロスアポイントメント、2018年より日本政府の対UAE宇宙政策担当専門委員も併任。

和歌山大学:http://www.wakayama-u.ac.jp/ifes/
千葉工業大学:http://www.perc.it-chiba.ac.jp/

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