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UAEの進める宇宙開発計画の紹介と日本の戦略 後編

UAEでは2021年に火星探査機HOPEを実現、2117年には火星に都市を作る宣言をしていることは前回までにも紹介した通りであるが、UAE国内で「何故火星なのか?」といった疑問も当然のように存在している。実は筆者が数年前に、最初に相談を受けたのもこの点に関してであった。実はこの問題を考えるとき、日本の例が良い参考事例となる。

我が国では小天体探査機「はやぶさ2」がリュウグウへの最初のタッチダウンに成功したばかりであるが、振り返ってみれば初代の小天体探査機「はやぶさ」や月探査機「かぐや」、火星探査機「のぞみ」や金星探査機「あかつき」、古くは彗星探査機「さきがけ」「すいせい」、最近では水星探査機「みお」など、実に多くの「固体」惑星・衛星探査を実現してきた。我が国はこんなに沢山の惑星探査機を輩出している理由の一つが、日本が世界で2番目に多くの隕石を保有している点にある。

隕石(meteorite)とは、惑星間空間に存在する固体物質(meteoroid)が、地球あるいは惑星や衛星表面に落下してきたもので、大気のある天体では大気を通過中に高熱となり光を発する「流れ星」(meteor)となり、最終的に気化せずに残った物をさす。隕石はもちろん、地球上の全ての場所にまんべんなく落ちてくるが、海や湖・沼、あるいは地上の石がごろごろしているような山場等に落ちた場合は発見するのが難しい。隕石には「見つかりやすい」場所が存在している(表1)。

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(出典:Meteoritical Bulletin Database https://www.lpi.usra.edu/meteor)

一番隕石が発見されている南極においては、雪原の上で隕石が発見されやすいからだけでは無く、南極大陸中央から押し出された氷床によって運ばれた隕石が山の麓に集積するメカニズムを世界に先駆けて発見したのが日本の越冬隊だった。1969年にまず最初の隕石(9個)が発見され、1973年にも12個が発見される(それまでに南極で発見されていた隕石はわずか6個)。そして1974年から1975年もはなんと、一気に663個もの隕石を発見して日本に持ち帰っている。「近づいて確かめてみると、皆「隕石」であった。ここに来るまで隕石も何個か拾えるのではないかと期待する気持ちもあった。ところが、裸氷のルート上を走っただけで10数個の隕石を発見してしまった。裸氷上の“黒い物”の全部が隕石、これはただ事ではない。」(出典:矢内桂三)

放射性同位体を使った測定により隕石の多くは太陽系が出来たおよそ45億年前の物質だと判明し、太陽系の成り立ちや惑星・衛星形成時の多くの情報を秘めており、「直接の証拠」を有する日本は欧米の惑星科学に負けずとも劣らない高度な学問的成果を発展させることに成功した。1985年に太陽系形成モデルとして提案された「林モデル」では、現在の太陽系惑星の軌道や質量から原始太陽系円盤の構造を推定し、円盤ガスの中で惑星形成が進むことを解き明かしたが、日本の隕石研究はこの林モデルの発展にも大きく寄与している。そして2014年。大型ミリ波サブミリ波干渉計を使った国際天文施設アルマ望遠鏡は、まさに我々と同じような惑星系がおうし座HL星の周囲で誕生しつつある姿(図2)の撮影に成功したが、それはまさに30年前に提唱されたモデルそのままの姿であり、惑星科学者を狂乱させるに十分な出来事だった。日本の惑星科学会の金字塔といえる成果である。隕石を有する国が月惑星探査を征する。

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図2 アルマ望遠鏡が観測したおうし座HL星の周囲の塵の円盤(左)と、太陽系の大きさ(右)を比較した図。(Credit: ALMA ESO/NAOJ/NRAO)


さて、表1に戻ってみて欲しい。世界で2番目に隕石が発見されているオマーンはUAEの隣国で有り、総面積は309千平方キロメートルと、UAEの83千平方キロメートルに比べると3倍近い。しかし実は砂漠面積だけを見ると、山がちなオマーンよりもUAEのほうが広いぐらいである。オマーンはプレートテクトニクスの研究の面からも重要な地域であるため、古くから地質学者 / 鉱物学者が海外より調査に来ており、そのためこれだけ多くの隕石が見つかったのだと考えられている(実はオマーン国内には隕石はほとんど残っていない。ほぼ全て、国外に持ち出されてしまっている)。

しかしUAEでは過去にもそのような探査は行われたことが無く、現時点でわずか35個しか隕石が見つかっていない。これはオマーンの4千個を超える隕石発見数に比べるとあまりにも少ない。単純に国土面積比だ開け考えても、UAEでは1000個以上の隕石が発見されてもおかしくない。しかも、オマーンでは既に17個の火星隕石が発見されていることを考えると、UAEには数個の火星隕石があってもおかしくない。日本の例を見てもわかるように、これだけの数の隕石を所有する国で惑星科学が発達するのは当然の流れといえるのではないか?

UAEでは現在、我々のこの提案に基づき大規模な隕石探査プロジェクトがシャルジャ大学を中心に始まろうとしている。 また3月には、UAEで2年に1度開催されるGlobal Space Congressにて、日本政府(内閣府)・JAXA・民間企業の連携ブースを出展する。その中の目玉企画の一つが、火星での宇宙エレベータ計画(図3)である。

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図3 火星に建設される宇宙エレベータ想像図 (Credit: Space Elevator Visualization Group / JSEA)


地球では難しい(そもそも静止軌道まで3万6千kmと遠く、使用出来る素材がまだ開発出来ていない / 宇宙エレベータと衛星の共存は難しい / 宇宙エレベータの権益(宇宙への唯一の渡航手段)をどの国が有するのかという国際政治上の問題)とされている宇宙エレベータも、火星では比較的容易(静止軌道までの距離が1万7千kmと近く現在でも技術的に建設できる可能性がある / 火星周回衛星はほとんど存在しない / 火星上に主権国家は存在しない・火星に到達した国も少ない)に建設できる可能性がある。 

また火星表面は気圧が極めて低いため、まったく風が吹かないか、あるいはずっと強風が吹き続けるか極端となるため、風力発電には適さない。また風が吹き始めると砂嵐が発生し、なかなか収束しない。昨年も火星全土を覆う砂嵐が長時間続き、太陽光発電で動作していた火星探査機オポチュニティーが活動を終了せざる得なくなったことは記憶に新しい。このように太陽発電にもあまり適さない。そのため、地球ではコストがかかりすぎて不可能と思われていた太陽発電衛星が俄然注目を集めることとなる。

これらを総合的に考えると、次のような未来像が見えてくる。 まずは月軌道上空に製造工場を作り、物資は地球よりも遥かに重力が小さい月からマスドライバー(リニアモーターカーのような加速装置が付いた貨物の噴出器)を使って地球・月惑星間空間に搬送。様々な機器や太陽発電衛星を製造し、火星軌道上に展開。火星周回軌道をベースとして様々な準備を行った後にようやく、宇宙エレベータを使って安全に火星表面に次々と人や物資が送り込まれる。地球では宇宙に行く手段として宇宙エレベータは考えられてきたが、火星ではまずは宇宙から降下するために使われる事になるだろう。

これはまだ日本がUAEに提案する一つのアイデアに過ぎないが、日本政府は内閣府に専門委員を置くぐらい、宇宙開発分野におけるUAEとの協力体制を重視している。今後の日本政府(内閣府)/JAXA / 民間企業協力によるUAEとの火星探査・開発計画に、大いに期待していただきたい。


UAEの進める宇宙開発計画の紹介と日本の戦略
前編はこちら→https://note.com/pequod_crews/n/nc4f4769b9acc
中編はこちら→https://note.com/pequod_crews/n/nf64df16e9f6a
後編はこちら→https://note.com/pequod_crews/n/ne2c9a7a306e6


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秋山演亮
和歌山大学・教授 / 千葉工業大学惑星探査研究センター・首席研究員 / 内閣府宇宙開発戦略推進事務局・宇宙政策委員会専門委員

1969年西宮生まれ。1994年京都大学農学部林産工学科を卒業後、西松建設(株)に勤務。「はやぶさ」や「かぐや」探査計画に参加、宇宙開発事業団客員研究員・宇宙科学研究所共同研究員を務める。2002年社会人として東京大学にて理学博士を取得。秋田大学・PDエアロスペース(株)を経て現職。2010年には内閣官房「今後の宇宙政策の在り方に関する有識者会議」委員を務め、現在の我が国の宇宙開発政策・体制変更に係わる。2016年より千葉工大とクロスアポイントメント、2018年より日本政府の対UAE宇宙政策担当専門委員も併任。

和歌山大学:http://www.wakayama-u.ac.jp/ifes/
千葉工業大学:http://www.perc.it-chiba.ac.jp/

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