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UAEの進める宇宙開発計画の紹介と日本の戦略 前編

UAE(アブダビ・ドバイ・シャルジャ他4国で構成されるアラブ首長国連邦)という国を御存知だろうか? 日本は石油の多くを海外輸入に頼っており、そのうちの1/4はUAEから輸入されている。そのため、知っている人にとってもただ産油国!としての印象が強いかもしれない。しかしアブダビを除く他6つの首長国では、実はほとんど石油は産出しない。にもかかわらずインスタグラムでも有名な皇太子もいらっしゃるドバイは、世界最高かつ豪華な建造物で知られるブルジュ・ハリファに代表されるように、とても裕福な国家運営に成功している。

ちょっと真面目に統計データを使って定量的に見てみよう。UAE全体の人口は900万人、うちアブダビ196万人、ドバイは244万人。GDPは2,601億ドルと世界第36位。うち産油国アブダビは1,089億ドル、非産油国ドバイは1,100億ドル。「どうせ石油掘って儲かってるんでしょ?」というようなイメージとはかけ離れたUAEの実態が見えてくる。

一方、人口900万人のうちいわゆるエミラティーと呼ばれる部族民はわずか100万人に過ぎず、UAEのGDPのほとんどはこのエミラティーが握っている。その他の800万人はいわゆる海外からの出稼ぎ移民であり収入格差はものすごく大きく分断されている。また建国自体が1971年と非常に若い国であるため、国家としてのアイデンティティや一体感をどのように維持するのか?が最大の懸案事項でもある。そこでUAE連邦政府が打ち出したのが、宇宙へと進出する未来の国家像だ。

地理的な問題もありUAEではロケットの打上げこそやっていないが、これまでもドバイ政府宇宙機関(MBRSC)*1は韓国と協力し、2機の人工衛星(ドバイサット1号・2号)の打上げ・運用に成功している。また昨年は日本のH-IIAロケット40号機を使い、UAE初の完全国産観測衛星ハリーファサット(KhalifaSat)の打上げにも成功した。(図1)

H-ⅡAロケットで打上げられたUAE国産衛星ハリーファサット(KhalifaSat)

図1:H-IIAロケットで打上げられたUAE国産衛星ハリーファサット(KhalifaSat)【UAE宇宙庁提供】

近年、UAE連邦政府にも宇宙庁(UAESA)が設立され、建国50周年となる2021年に火星到達を目指し、2020年にはこれまた日本のH-IIAロケットを使った火星周回探査機HOPE *2の打上げに挑戦中だ。(図2)

2020打ち上げ予定のUAE火星周回探査機HOPE

図2:2020年打上げ予定のUAE火星周回探査機HOPE【UAE宇宙庁提供】

さらには、建国150周年となる2121年には火星に「基地」ならぬ「都市」を作ることを宣言している(図3)。今、UAEでは国を挙げて、宇宙開発に邁進しているのだ。

UAE 火星都市の想像図

図3:UAE宇宙庁発表の火星都市想像図【UAE宇宙庁提供】

そんなUAEの宇宙開発に対して、日本は既にロケット2機の売り込みに成功しているが、今後もパートナーとして、連携を強めていく計画を進めている。例えばJAXAはUAESAとは機関協力協定を締結しているし、宇宙飛行士でもある若田理事はUAESAの諮問委員も務められている。また私も昨年の春より内閣府 宇宙開発戦略推進事務局が選任した3名の宇宙政策専門委員の一人として活動を行っているが、実はこの専門委員、他の2人は分野担当なのに私だけは特定の国・地域が担当としてUAEとの関係推進を命じられている。我が国の宇宙開発にとって、もちろん従来のアメリカ・ロシア・ヨーロッパ等の宇宙開発先進国との関係も重要だが(これら地域にはJAXAの連絡事務局が既に置かれている)、今後は新たにUAEのような宇宙振興国との連携を進める事が重要課題と考えられている証拠とも言えるだろう。

それでは何故UAEなのか?また何故我が国は、宇宙新興国との連携を深めなければならないのか?実は日本の宇宙開発推進体制や国家方針は、2010年の有識者会議をターニングポイントとして大きく変化を遂げている。この有識者会議の提言書はこれまでの官僚組織の常識を覆し、A4用紙にわずか2枚、本文だけで言えばわずか半枚に、3項目としてまとめられている。用語は多少官僚言葉なので簡易にまとめると以下になる。

我が国は60年におよぶ開発の歴史を無駄にすること無く、今後も宇宙開発を継続して進める。しかし従来のような国費100%の宇宙開発はもう無理。民需も取り込みすすめる。その為に政府組織を改革する。

実は改革10年目にしてようやく設置された宇宙政策専門委員のポストは、この(2)を実現するために、海外需要を引き出すために設置されたのである。

日本が今後、UAEや他の国々と連携してどんな宇宙開発を目指すのかに関しては、次回メルマガ2月号で紹介させて頂くこととしよう。皆さんには是非、まずは2020年のUAE火星探査機HOPEの種子島からの打上を応援して欲しい。


*1…ドバイ政府宇宙機関MBRSC(Mohammed bin Rashid Space Centre)は2006年に先端科学技術研究所EIAST(The Emirates Institution for Advanced Science and Technology)として設立されたドバイ政府宇宙開発機関で2015年に名称をMBRSCに変更。
https://mbrsc.ae/en

*2…2020年に打上げが予定されているUAEの火星探査機のプロジェクト「エミレーツ・マーズ・ミッション(Emirates Mars Mission:EMM)」で開発中の火星周回探査機HOPEは、UAEにとって初の惑星探査機である。主に火星の大気に重点を置いた観測を行う。
http://emiratesmarsmission.ae/mars-probe


UAEの進める宇宙開発計画の紹介と日本の戦略
前編はこちら→https://note.com/pequod_crews/n/nc4f4769b9acc
中編はこちら→https://note.com/pequod_crews/n/nf64df16e9f6a
後編はこちら→https://note.com/pequod_crews/n/ne2c9a7a306e6



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秋山演亮
和歌山大学・教授 / 千葉工業大学惑星探査研究センター・首席研究員 / 内閣府宇宙開発戦略推進事務局・宇宙政策委員会専門委員

1969年西宮生まれ。1994年京都大学農学部林産工学科を卒業後、西松建設(株)に勤務。「はやぶさ」や「かぐや」探査計画に参加、宇宙開発事業団客員研究員・宇宙科学研究所共同研究員を務める。2002年社会人として東京大学にて理学博士を取得。秋田大学・PDエアロスペース(株)を経て現職。2010年には内閣官房「今後の宇宙政策の在り方に関する有識者会議」委員を務め、現在の我が国の宇宙開発政策・体制変更に係わる。2016年より千葉工大とクロスアポイントメント、2018年より日本政府の対UAE宇宙政策担当専門委員も併任。

和歌山大学:http://www.wakayama-u.ac.jp/ifes/
千葉工業大学:http://www.perc.it-chiba.ac.jp/

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