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宇宙に医療を〜Space Medical Acceleratorの挑戦〜後編[後藤正幸]

こんにちは、一般社団法人Space Medical Accelerator代表理事の後藤です。
6月号の第1回では、Space Medical Accelerator(以下、SMA)の事業内容と、創業までのあゆみについてお話しました。
2回目の今号は、人の宇宙進出を目指すSMAが描く未来、そして私自身が外科医としての仕事をしながら宇宙事業に取り組むにあたって日々考えていることをお話します。

Space Medical Acceleratorが描く未来

SMAはその名の通り、医療分野から人の宇宙進出を後押しすることを使命として掲げています。それではなぜ、医療者である自分が宇宙を目指しているのでしょうか。
宇宙は壮大で、夢があるから?ではありません。SDGsの17のゴールに示されるように、「宇宙より地上の課題解決が先だ」という声も多くあるでしょう。
それに対する自分の信念は、「人類の宇宙居住の実現は、現代社会が抱えるこれらの課題を解決する事につながる」という事です。

人類の持続可能な発展のため大前提となるのは、まず何よりも安定して生存可能な環境が維持されるという事です。医療や科学技術などの発達により、世界人口はついに80億人に迫ろうとしています。この地球上のすべての人が十分なエネルギーと食糧を確保でき、安定した環境で生きていける事が求められています。

しかし、すでに現代社会の圧倒的なエネルギー消費によって排出されるCO2は地球の吸収上限をはるかに超え、海面上昇や温暖化、熱波や台風などの甚大な自然災害が世界中で起こっているのはご存じの通りです。農作物も育たなくなり、食糧供給にも大きな影響が発生すると予想されます。
そこで、もしも地球の他に、地球と同じように暮らせる環境が存在したらどうでしょうか。人口過密やCO2排出を抑えることができ、豊かな地球環境を未来に残すことに繋がるはずです。人類が宇宙居住を実現することは、大切な地球に負荷をかけすぎない、真のサステナブルに繋がるのではないでしょうか。

もちろん、簡単な事ではないでしょう。世界中からすべての病気をなくすことよりも、はるかに難しく時間がかかる取り組みかもしれません。しかし、これまでにも人類は自らの故郷を出て、新たな世界に生存領域を広げてきたのです。5万年以上前、アフリカで生まれた人類の祖先は故郷の大陸を出て、苦難の旅を経て世界中に広がっていきました。長期的には人類が地球という限りある場所に居住する時代はいつか終わり、宇宙という新たな世界に出ていく日が必ず来るでしょう。現在の地球環境に配慮した経済活動や、再生可能エネルギーの技術向上を目指す取組みなどの重要性に全く疑いはありませんが、「持続可能な発展」という同じ目標へ向けた努力の一つとして、SMAは人の宇宙進出に尽力したいと考えています。

安定して生存可能な環境のため、もう1つ重要なのはやはり国際協調、平和の問題です。
昨今のウクライナ情勢をはじめ世界では今も戦争が続いており、国家、民族、その他あまりにも複雑な問題が解決を困難にしています。
宇宙から見た地上には国境はないと宇宙飛行士は言うのですが、なぜ地上の私たちはそのようなボーダーによって争いに巻き込まれなければならないのでしょうか。

国際宇宙ステーションでは、地上で友好的とは言えない国々の飛行士も互いにリスペクトを持って協力しあうと聞きます。そして、地上を見ると「本当にもう、こんな小さな世界で争っている場合ではない」と感じると。
それは宇宙飛行士が優れた特別な人たちだから、という理由だけではないと思います。これからは多くの人が宇宙に出ていき、自分たちの今いるこの場所を外から眺める事ができる。そして宇宙から見た地球には地上で感じるような違いはなく、地球上で暮らしている人間は多くの違いはあってもすべて同一種に属する生き物だという事が多くの人にとって自然な事実となれば、「自分たちと異なる」という理由で対立し、争うことがない世界に繋がっていくのではないでしょうか。

将来の宇宙居住社会は、国家・民族・宗教といった様々な境界線によって区切られた場所ではなく、ただ一人ひとりの人間がいて様々な差異を当たり前に人々が暮らしている、「地球国家」としての都市であってほしいと思います。
人が宇宙に出ていくことでそのような俯瞰的な視点を獲得し、それを自然な事として育った若い世代がいつかリーダーとなったとき、国家の利害追及ではない真の共生社会が出来上がる。
そこには、現在の資本主義による社会経済システムを超越した、より多くの人を幸せにする新たな仕組みが生まれるかもしれない。
宇宙居住を実現していくとき、私たちは社会の要素をもう一度ゼロから作り上げるという、史上初のチャンスを与えられることになります。人の宇宙居住の実現を目指す事は、技術的な課題だけでなく人類にとって本当に豊かな社会とはどのようにあるべきかを、人々が真剣に議論していく機会にも繋がるのではないでしょうか。

中央:若田光一宇宙飛行士 出典:NASA

外科医として、宇宙事業にどう向き合うか

大きな夢を語ってきましたが話は現実に戻って、普段の私は脳神経外科を専門とする一人の外科医です。外科医の使命は、手術で患者さんをよくすること。臨床医である以上、日々病院で診療に向き合うのは当然であり、自分の場合はそこにプラスアルファでどのような価値を創造できるかであると考えています。

多くの医師が取り組む、医学研究や留学といった道もとても意義ある事と思いますが、今は医療分野での起業など他にもキャリア形成に多くの道が開かれています。ただ周囲に流されるのではなく、自分で本当にやりがいのある分野を見つけることが重要と考えています。

それには「自分が何をしたいのか」というより、「自分がどうしても解決したい社会課題は何か」と考えた方が見つかりやすいのかもしれません。
自分の場合には、これまでお話したように地球環境と国際平和の問題が一生かけて解決に貢献したい事であり、その切り口として人の宇宙進出に医療者として関わるという事が最も意義を感じることでした。

しかし、それでも外科医をやめるつもりはありません。外科医となってはや10年近くが過ぎようとしていますが、現状の自分にまだまだ満足ができないからだと思っています。
外科医には、自分の持てる知識・経験のベストを尽くして手術を行っても、患者さんに不幸な結果をもたらしてしまう事があります。うまくいった手術、成功例は早々に忘れてしまいますが、悪い結果となってしまった患者さんの事は決して心から消えることはありません。その患者さんが教えてくれた事を決して忘れずにより良い外科医を目指していくことだけが、その方々に報いる唯一の道なのかなと、いま私自身は考えています。

ですから私には外科医として患者さんを少しでもよくする事が第一のミッションであり、そこから揺らぐことは決してありません。もちろん、外科医としての日々と宇宙事業の両立は楽ではないですが、どちらも自分にとって一生かけて取り組む価値があると思える事なので、そしてSMAの仲間たちがいるからこそ何とか続けていられるのだと思います。

私には今、2人の息子がいます。まだ小さくて何かと手を焼きますが、かわいいやつらです。この子たちが大人になって生きる2040年代の世界を、今よりも少しでもいいものにしたい。外科医として日々臨床にベストを尽くしながら、人類の未来を作る活動に関わっていきたい。今、自分はそのように考えています。

以上、今回は私たちSMAが目指す未来と、自分の外科医としての思いについてお話させてもらいました。今後とも宇宙に関わる、宇宙という場所に希望を抱く全ての方々に、ぜひ一緒に進んでいきましょう!とお伝えして終わりにしたいと思います。読んで頂いた方、ありがとうございました。ご縁があれば、いつかどこかでお会いしましょう。

後藤 正幸
一般社団法人Space Medical Accelerator代表理事。「宇宙に医療を」目標とする、脳神経外科医。臨床に励む傍ら、人の宇宙進出に医療者として少しでも貢献することを目指し日々活動中。大学院生として宇宙医学研究も行っている。
Twitter:@masayuki198553
一般社団法人Space Medical Accelerator: https://space-healthcare.jp/


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