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せりか基金代表に聞く、「宇宙飛行士」論[石橋 拓真]

この秋に実施される宇宙飛行士選抜試験。「宇宙兄弟の世界が現実に…!」と胸を躍らせている方も多いのではないでしょうか。今回は、宇宙兄弟のヒロイン・伊東せりかの名前を冠したALS研究支援ファンド「せりか基金」の代表・黒川くりすさんに、特別インタビューを実施。3回連載の最終回となる今回は、せりかというキャラクターを通じて宇宙飛行士という仕事を様々な角度から見てきた黒川さんだからこその、「宇宙飛行士」観を語っていただきました。

「せりか基金」については、8月号の記事をご覧ください。

石橋(Space Seedlings、以下S.S.):せりか基金を始められる前と後とで、せりかへの印象は変わりましたか?

黒川さん:元々持っていたのは、お茶目で雰囲気は柔らかいけれど、自分の進むべき軸や方向については頑固な、「芯のある女性」という印象でした。「誰が何を言おうと私はやります」という姿勢を、とても尊敬していました。しかしせりか基金を始めてからは、強さの裏側にある部分、「もう少し、きっと傷ついたりしているんだろうな」という所にも目が行くようになりました。
基金を作ってALSの患者さんにお会いする機会があると、私の目からは患者さんはとても逞しく生きていらっしゃるように見えるのですが、その一方でしんどい思いをしていることもあるのだろうと思うことも多くあるんですよね。もしかするとそれが、せりかに対するイメージの変化と重なっているのかも知れません。

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▲せりかが苦闘の末にISSでALSの実験に成功したシーン。実験の最中には、謝った報道を発端にした誹謗中傷に傷つく場面も。
「宇宙兄弟」より©小山宙哉/講談社
出典:アル「ブログで使える宇宙兄弟のコマ」

石橋(S.S.):JAXAではこれまで向井千秋さん、山崎直子さんという二人の女性宇宙飛行士がミッションに取り組まれてきましたが、二人とせりかとに共通するところ、あるいは違うところはありますか?

黒川さん:いやー、どうなんだろう。全然分からないですね(笑)全員すごい人たちですよね。あえていうのなら、宇宙飛行士は全般的にロマンチストなのかも知れない、と思います。せりかの場合根本にあるのは「宇宙に行きたい」ではなく「治らない病気を治したい」というモチベーションですが、どちらも「未知なものに対する好奇心の強さ」で繋がっているようにも思います。
そしてもう一つ思うのは、「ハードルを気にしない人たち」なのかも知れない、ということですね。女性だからとか、宇宙が遠いからとか、そういう制約に対して良い意味で鈍感で、「私が行きたいので、行く方法を考えます」というシンプルなロジックで動いていて自分の好奇心ややりたいことに純粋な人たち。

石橋(S.S.):確かに、以前向井さんが「いわゆる”ガラスの天井”は殆ど感じたことがない」と仰っていたのですが、実際のところはその”鈍感力”ゆえに、知らぬ間にガラスの天井を突破されていたのかも知れないと思いました。これも女性に限らず、宇宙飛行士全般にも言えそうですね。

黒川さん:そうですね。実になるかどうか分からないものに対して人生をかけられる人たちなんだと思います。例えば宇宙飛行士の社会的地位が低くても、お金がもらえなくても、他の人から褒められなくても、「自分が行きたいから行く」という風に言い切れる人たちが宇宙飛行士なんだと思いますし、そうあって欲しいなと思います。

石橋(S.S.):ちなみに、せりかの他に好きな宇宙兄弟の登場人物はいますか?

黒川さん:ムッタは普通に好きですね。「自分ができることに対して無頓着な人」だったり、実は才能があるのに「自分はもうダメです」って思っている人だったりがもともと好きで。
他のキャラクターで言えば、ビンスとかも好きです。そう考えると、他の人の評価軸ではない自分自身の評価基準を持っていて、それに対して忠実に頑張ろうとする人に魅力を感じるのかも知れないですね。周りがどんなに「もうその辺で良いんじゃない?」と言っても聞かずに頑張り続ける人というか、「自分との約束に苦しむ人」というか。自分の幸せを自分で決められる人に惹かれます。

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▲「ビンス」ことビンセント・ボールドの名シーン。自分にも他人にも厳しく、淡々とミッションをこなす彼には、亡き友・リックとの日々から得た「自分だけの物差し」があります。
「宇宙兄弟」より©小山宙哉/講談社
出典:アル「ブログで使える宇宙兄弟のコマ」

石橋(S.S.):今年の秋から宇宙飛行士選抜試験が始まります。選抜の門戸は広がりそうな流れになってきていますが(2021年6月2日現在)、どのような期待を寄せられていますか?

黒川さん:門戸が広がることは、面白いんじゃないかと思います。一回受けてみるだけで人生が変わる人もいますし、「自分にも宇宙に行く資格があるのかも知れない」という希望が、一人でも多くの人に訪れる瞬間になれば良いなと思います。

石橋(S.S.):「自分がチャレンジしても良いのかも」と思えることはとても大事ですよね。仮に自分がその夢に辿り着かなかったとしても、人生をとても豊かにしてくれる気がします。 最後に、今年度の選抜に臨む方に向けて、メッセージをお願いします!

黒川さん:選抜試験を受けようか迷っている人は、ぜひ宇宙兄弟を読んで欲しいです。「自分なんて」と思っているような人が月に行く漫画ですから(笑)。女性だとか、子どもがいるからとか、稼ぎがとか、将来がとか、そういう色々なハードルは試験に通ってから考えても遅くないですし、自分の好奇心に自信を持ってまずは一歩踏み出してもらえたらと思います。

石橋(S.S.):僕も、宇宙兄弟でせりかの活躍を目にする度に、医学生として嬉しい気持ちの反面で、「こんな立派な動機、自分には無いな…」と引け目を感じてしまっていました。今回黒川さんのお話を伺う中で、「動機の立派さ」は関係ないんだな、と腑に落ちました。改めて、今回はありがとうございました!

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▲「誰かのため」ではなく「自分のため」に仕事をしていても、それが結果として誰かを喜ばせていることは、実は沢山あるのかも知れません。
「宇宙兄弟」より©小山宙哉/講談社
出典:アル「ブログで使える宇宙兄弟のコマ」

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黒川くりす
「せりか基金」代表。「物語のちからで、一人一人の世界を変える」をミッションに掲げるクリエイターエージェンシー株式会社コルクの取締役副社長でもある。
聖心女子大学を卒業後、メーカー法人営業、海外生活、外資系企業勤務などを経てコルクに入社。
現在はNYと東京を往復して暮らす。

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石橋 拓真(いしばし・たくま)
1997年生。東京大学医学部医学科5年。国際宇宙会議(IAC)2018 JAXA派遣学生。宇宙開発フォーラム実行員会執行部を経て、Space Medicine Japan Youth Communityの立ち上げ、運営に携わる。2019年より、雑誌「宇宙・医学・栄養学」編集委員。2020年より、スペースバルーンで炎を宇宙に掲げるプロジェクトEarth Light Project執行部。

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