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せりか基金代表に聞く「ALSと宇宙兄弟」のこれまでとこれから[石橋 拓真]

この秋に実施される宇宙飛行士選抜試験。「宇宙兄弟の世界が現実に…!」と胸を躍らせている方も多いのではないでしょうか。魅力的なキャラクターに溢れる同作の中でも、主人公・六太や弟・日々人に並んで人気が高いのが、医師出身の飛行士・伊東せりか。父を苦しめた難病ALSを研究すべくISS(国際宇宙ステーション)に飛ぶ彼女のストーリーは多くの人の心を掴んで離しませんが、そんなせりかをシンボルにした、ALSのための基金があることをご存知でしょうか?
今回は「せりか基金」の代表として設立以来5年間基金を運営されてきた黒川くりすさんに、特別インタビューを実施。3回連載の第1回となる今回は、せりか基金のこれまでと今、ALSのことについてお伺いしました。

せりか基金とは?

せりか基金とは、難病ALSの治療方法を見つけるための、研究開発費を集める活動です。チャリティーグッズの販売や寄付を通じて支援金を募り、ALSの治療法発見に繋がる研究への助成を行なっています。チャリティーグッズはオンラインストアで購入可能で、ステッカーやボールペンといったスタンダードなアイテムから、ALSに立ち向かう他団体とのコラボアイテムまで、様々な形で支援可能です。研究への支援は「せりか基金賞」という研究アワードを毎年開催することで実施しています。全国から集まった研究を、京大iPS研究所教授の井上治久先生ら5名の審査員の方々が審査し、今後の発展が期待できる優れた研究に対して、1件につき200万円-500万円の交付を2-4件程度行います。

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▲第二回せりか基金授賞式の様子。
出典:IDEAS FOR GOOD 「せりかの頑張りに、夢を託したい。宇宙兄弟「せりか基金」が目指すALSの完治」

ALSとは?

筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis, ALS)は、手足・のどの筋肉や、呼吸に必要な筋肉が段々とやせて力が入らなくなっていく病気です。しかし筋肉そのものの病気ではなく、「筋肉を動かせ」という脳からの指令を筋肉に伝える運動神経が変性して障害され、指令が伝わらずに動かせない状況が続くことにより、筋肉がやせていきます。
神経の病気なのですが、いわゆる骨格筋を動かす運動神経だけが障害され、内臓を動かす神経や五感を伝える感覚神経は正常に保たれるのが特徴です。多くの場合は手足の先に力が入らなくなることで始まり、病気が進行していくと「言葉は分かるが声を出せない」「味はわかるが物を飲み込めない」といった症状が現れ、障害が呼吸筋に及ぶと呼吸ができなくなるようになり、生存には人工呼吸器の装着が不可欠になります。

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出典:『宇宙兄弟』宇宙兄弟×ALS 特別抜粋 -シャロン編-
©︎宇宙兄弟/講談社

せりか基金発足の経緯
せりか基金は、宇宙兄弟の取材で訪れていたALS患者さんとのコミュニケーションの中から生まれたと、黒川さんは語ります。当時黒川さんは宇宙兄弟の担当編集者ではありませんでしたが、コルク社全体で宇宙兄弟を盛り上げていく雰囲気があり、その中で「ここまでALSをリアルに描くなら、何かできるのではないか?」という思いを持ちました。アイデアを温めて社内の新規企画会議で提案した所、インターン生も含め7人の有志が集まり、チームが発足しました。ALSに関する本の読書会や映画を観る会から活動を始めました。

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▲ALSをテーマにしたドラマ「僕のいた時間」を観ている様子。
出典:せりか基金通信「まずは観て話すことからはじめた。ドラマや映画で知るALS。」

「研究の支援」である理由
当初のアイデアは、「患者さんに寄付をする」というものでした。他にも、介助の負担の軽減や、ALS患者のための組織の運営費、患者のQOL向上のための装置開発費など、基金によって「できること・やるべきこと」は沢山あります。しかし考える中で、患者さんの苦しみは、治療法の開発によってしか根本的には癒えないものなのではないかと思い至り、「治療のための研究に寄付をする」という方針転換を行いました。その中でも「ALS協会への寄付」という選択肢もありましたが、活動を持続的にするにはどの研究に助成して、その研究がどうなったのかまで追って寄付者に伝える責任を持つことが必要だと思い至り研究者に直接助成を行う形態となりました。当時ALS協会の方からもたくさんのアドバイスをいただきました。

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▲「宇宙兄弟」の作品の中で、基金のシンボルでもあるせりかがISSでの治療薬の無重力結晶化実験を成功させたというストーリー性も、「研究者の支援」という方向性を固める一つの要因になったと言います。
出典:『宇宙兄弟』宇宙兄弟×ALS 特別抜粋 -せりか編-
©︎宇宙兄弟/講談社

「治る」とは何なのか?
せりか基金は、「治るための研究」という部分に重点を置いています。黒川さんによればこれは、現在ある「進行を少し遅らせるための治療」では無く、「病気が治って元の生活ができるための治療」を求める患者さん達の声を反映しているとのこと。神経の変性は現在の医学では不可逆とされるため、病気がすっかり無かったことになるという意味での「治る」ということは難しいものがあります。しかし患者さんも当然そうしたご自身の病気のことは沢山調べて様々な難しさを承知の上で、それでも「治りたい」とはっきり言われているのであり、その思いは何よりも尊重すべきではないか、と黒川さんは考えています。

参考:せりか基金通信インタビュー「難攻不落の難病ALS。治療法につながる病態がわかったということでしょうか」京大iPS細胞研究所 井上治久教授(後編)

せりか基金の今後

2017年の立ち上げ以来、5年間で13人の受賞者を送り出してきたせりか基金。今後の可能性として黒川さんが挙げるのは、異分野からの参入です。基礎医学、神経科学だけでなく、生物学の他の分野からの参加と、それによる化学反応を期待しているとのこと。他にも、海外からの応募を可能にする仕組みの検討や、これまでの受賞者の実績の積極的な広報なども話題に上りました。ALSの治療開発に向けて、様々な方向に輪を広げていく次の5年になりそうです。

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▲2020年12月に実施された第4回の授賞式は、Zoomでの開催となりました。
出典:せりか基金通信「第4回『せりか基金』賞授賞式開催のご報告」


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黒川くりすさんご経歴
「せりか基金」代表。「物語のちからで、一人一人の世界を変える」をミッションに掲げるクリエイターエージェンシー株式会社コルクの取締役副社長でもある。
聖心女子大学を卒業後、メーカー法人営業、海外生活、外資系企業勤務などを経てコルクに入社。
現在はNYと東京を往復して暮らす。


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石橋 拓真(いしばし・たくま)
1997年生。東京大学医学部医学科5年。国際宇宙会議(IAC)2018 JAXA派遣学生。宇宙開発フォーラム実行員会執行部を経て、Space Medicine Japan Youth Communityの立ち上げ、運営に携わる。2019年より、雑誌「宇宙・医学・栄養学」編集委員。2020年より、スペースバルーンで炎を宇宙に掲げるプロジェクトEarth Light Project執行部。

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