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宇宙飛行士応援!リポビタンJELLY FOR SPACEと熱き応援団たち-前編-[榎木谷 海]

 まだまだ涼しさの残る6月初旬、大正製薬株式会社マーケティング本部マーケティングPR部の田原陽子さんに宇宙日本食である「リポビタンJELLY FOR SPACE」(宇宙日本食の区分:飲料)についてインタビューさせていただきました。
今回ご紹介するリポビタンJELLY FOR SPACEは開発におよそ3年の月日を要し、2021年12月22日に晴れて宇宙日本食に認証されました。
この記事では、そんなリポビタンJELLY FOR SPACEの生みの親である「リポD SPACE PROJECT」の代表の田原さんが語ってくださった宇宙日本食に対する熱い思い、また開発秘話をお届けいたします。

田原さん(下)へのインタビューの様子。
右上は本記事の執筆を担当した榎木谷。
気さくに色々と話してくださいました。

宇宙日本食とは
 国際宇宙ステーション(ISS)に滞在する日本人宇宙飛行士に日本食を楽しんでもらうことで、精神的なストレスを和らげることを目的に開発されているのが「宇宙日本食」です。みなさんは、海外旅行や留学に行った時に、最初は現地のグルメを堪能していても、ふと日本食が恋しくなり、「日本に帰ったら絶対あれ食べたい!」と思った経験はありませんか?今まで経験したことのない食文化に出会うことは非常に楽しいですが、やっぱり心が落ち着き、安心できるのは味馴染みのある日本食ですよね。ISSに滞在中、日本人宇宙飛行士のみなさんも、日本食が恋しくなるそうです。
しかし、地上で暮らす私たちと違い、宇宙飛行士のみなさんは「日本食が食べたい!」と思ってもすぐに食べることはできません。宇宙食として提供される食品しか口にできないのです。食べたいものを食べたいときに食べられない、これは相当なストレスでしょう。食のストレス以外においても、宇宙飛行士のみなさんはさまざまな環境的なストレスに晒されますが、その解消方法には限りがあります。
そこで、日本人宇宙飛行士の長期滞在の際の精神的なストレスを和らげ、ひいては仕事の効率維持と向上につながることを目的に、日本の食品メーカーなどが提案・開発し、基準を満たしている場合にJAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)が認証するものが宇宙日本食なのです。
「宇宙にいても日本の味で、安らぎを感じて欲しい。食の楽しみがストレスの軽減に役立つのでは。」との思いが込められています。
ただし、宇宙日本食として認証されるためには、JAXAが設けているいくつもの厳しい基準を満す必要があって、2022年8月現在の宇宙日本食の認証数は、28社/団体、50品目とのことです(参考:JAXA宇宙日本食サイト)。今後も様々な宇宙日本食が開発され、宇宙飛行士の食生活がより豊かになるでしょう。

宇宙日本食/Pre宇宙日本食(若田光一宇宙飛行士ミッションで初搭載)JAXA提供

リポビタンJELLY FOR SPACEとは
 「リポビタンJELLY FOR SPACE」(宇宙日本食の区分:飲料)は、2021年12月22日に大正製薬株式会社が認証を取得した宇宙日本食です。日本人にとって馴染みのある、あの風味をふんだんに閉じ込めたゼリー飲料で、飲みやすいパウチタイプの容器に入っています。リポビタンD(指定医薬部外品)でなくても、「リポビタン」と聞くと、「ファイト イッパーツ!」で強烈なインパクトのあるCMが思い出されますよね。
リポビタンJELLY FOR SPACEの開発には、およそ3年の月日を要したそうです。2020年4月から申請を始め、審査過程で述べ18項目の指摘を1つずつクリアし、提出した申請書は400ページにも昇ったのだとか。全部重ねると辞書くらいありそうですね。新型コロナウイルス蔓延の影響で、当初の予定より審査に時間がかかり、審査から約1年8ヶ月、ついに宇宙日本食の認証を取得しました。

あれ?なぜ、お馴染みの「リポビタンD」を日本宇宙食として申請しなかったのでしょうか?実は、当初は「 宇宙飛行士の支えになりたい。リポビタンDを届けたい。」と考えていたそうです。しかし2019年夏、いよいよ宇宙日本食申請に向けて動き出そうとJAXA筑波宇宙センターを訪れた際に、ISSに瓶を持ち込めないことが発覚しました。瓶には割れてしまう危険性、ゴミ処理の問題、重量の問題など多くの課題があり、今の宇宙日本食の基準に適していないことがわかったのです。指定医薬部外品にあたるリポビタンDは「薬」であり、薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)のもと、体への有効性や安全性、薬の原料から製造方法、ラベルに表示する内容まで、きめ細か~く国が定めた規定に則って承認を得て販売しているそう。成分の安定性を保つため、容器は茶瓶と決められているのです。つまり、「ISSには瓶を持ち込むことはできない。一方で、リポビタンDは茶瓶に入れることで国から承認された薬。」ということ。宇宙にリポビタンDを持っていけない。ここに大きな落とし穴がありました。しかし、リポビタンD の宇宙チームの皆さんはここであきらめるのではなく、「リポビタンDを宇宙に持っていくこと」は手段であり、本来やりたいことは「宇宙飛行士の支えになること」であると当初の思いを再確認。その後視野を広げると、当時の開発商品の中に「リポビタンJELLY」というパウチタイプのゼリー飲料があり、「これを宇宙に持って行こう!」と決めたそうです。

(a)リポビタンD 指定医薬部外品 疲労回復、集中力の維持・改善。           
(b)宇宙日本食「リポビタン JELLY FOR SPACE」(宇宙日本食の区分:飲料)

開発秘話
 ここでは、開発におよそ3年の月日を要し、やっとの思いで認証された「リポビタンJELLY FOR SPACE」その開発の裏側に迫りたいと思います。

宇宙日本食として認証されるまでの厳しい審査
 当時の開発商品の中に、「リポビタンJELLY」というパウチタイプのゼリー飲料があり、「これを宇宙に持って行こう!」と思ったものの、この開発品はあくまで「地上で摂取すること」を想定して開発が進められていたものでした。もちろん、無重力と言う特殊な空間で摂取することなど考えていません。また、商品開発に携わっている方々は薬の開発や申請には慣れているものの、宇宙日本食の申請に関しては全く経験やノウハウがない状態です。そのため、宇宙に持って行く方向に舵を取ったものの、宇宙日本食としての認証を得るまでの航路は大変厳しかったようです。

大正製薬さんが取り扱っている「医薬品」というものは、品質・効能・副作用など、厳密なルールに沿った管理・申請・認可が必要だそうです。確かに、人の命に直接関わることですから、厳しいチェック項目があることは納得ですよね。何も知らない私からすると、いつもそうした厳しい基準をクリアしているなら、今回の宇宙日本食の申請の際もそう苦労せずに基準をクリアできるのでは?と浅はかに思ってしまいます。しかし、実際は、2020年4月に初めての申請書類を提出してから、審査過程でのべ18項目の指摘があり、大変苦労されたのだとか。「いつもとはちょっと違う切り口で様々なデータを用意しなければならないことが苦労の原因だった」と田原さんは振り返っていました。

次に、保存性に関わるデータの提出です。ISSにはそう頻繁に物資を輸送することができないため、「日持ちする」食品であることは大変重要なことです。JAXAが定める基準は1.5カ年の間、品質を維持することです。認証を得るためには、これを保証しなくてはなりません。今回のインタビューではデータの内容を詳しく聞くことはできませんでしたが、データと根拠の提出を繰り返し行う中で、開発担当者は「本当にこれはやる意味があるのか!」と悲鳴を上げていたそう。
さらに、製造現場の立入検査にも手を焼いたそうです。リポビタンJELLY FOR SPACE の開発真っ只中であった2020年といえば、新型コロナウイルスが猛威を振るい始めた年です。今でこそ行動規制の緩和が実施されていますが、あの当時は情報も少なく未知なるウイルスへの対抗策として様々な規制がありました。認証取得に必要な立入検査も例外ではありません。検査の日程が決まっても、延期、再調整してもまた延期と時間だけが過ぎて行く。前に進みたいのに進めないもどかしさが募って、何度も心が折れかけたそうです。
しかし、諦めずに一歩一歩着実に歩み続けた努力が実り、ついに2021年12月22日に宇宙日本食の認証を取得しました。諦めなかったのは、やはり開発に携わった皆さんの「宇宙で頑張る宇宙飛行士を支えたい」と言う熱い思いがあったからこそですね。私が直接お話しできたのは田原さんだけでしたが、田原さんを通じて開発者の皆さんの熱意が伝わってきたのがとても印象的でした。

「宇宙に持っていく」リポビタンJELLY FOR SPACEと「地上で販売されている」リポビタンJELLY FOR SPACEは一緒?
 ここまで、「宇宙用」と「地上用」の開発過程の違いに着目してきましたが、製品の中身つまりゼリーに違いはあるのでしょうか?答えは、「中身は一緒」です!実は、宇宙日本食として申請を進める中で、先に地上用の製品が完成し、販売されているのです。「えっ!そうだったの!」と思った皆さん、宇宙で食べられるゼリーが地球でも味わえますよ!ぜひ手に取ってみてください。
宇宙日本食を開発している他の食品メーカーさんの中には、「宇宙に行くと味覚が変わるから強めの味にしたほうがいい」と工夫するメーカーさんもいらっしゃるそうです。別に、それが間違いではありませんし、メーカーさんは美味しいものを追求しているのだと思います。ただ、大正製薬さんは「あくまでも」地球の味と同じものを宇宙飛行士の皆さんに提供することにこだわったそうです。それは、ひとえに自分の知っている味を遠く離れた宇宙でも感じ、ホッとして欲しいからです。

ちなみに、パッケージ等は地上用とは異なり、宇宙仕様になっています。具体的には、内装のキャップの頭に面テープのループ面(もじゃもじゃの方)が付いていて、裏面には3箇所のフック面(とげとげの方)が付いています。キャップを開けた後に、ピタッとくっ付けるのですね。これなら、無重力空間でキャップがふわふわ飛んで行きませんし、知らない間に失くす心配もなくて安心です。そして、写真のように内装全体を銀色のパウチに包み、宇宙に輸送されるそうです。パウチで密閉されているだけなのに、一気に高級そうに感じるのは私だけでしょうか(笑)

宇宙日本食「リポビタンJELLY FOR SPACE」 (宇宙日本食の区分:飲料)

ゼリー飲料開発の目的とは
 「当時の開発商品の中に、『リポビタンJELLY』というパウチタイプのゼリー飲料があった」と書きましたが、そもそも「リポビタンJELLY」の開発の目的はなんだったのか疑問に感じたので、この場でしか聞けないと思い質問しました。すると、田原さんは少し笑いながらも企画の裏側を教えてくれました。
リポビタンDが発売されてから、今年でちょうど60周年。ずっと、いわゆる「リポビタンD」の路線でシリーズ品を展開してきたそうです。時代の流れとともにカロリーを気にする風潮になってきたために、カロリー軽減のリポビタンDなど、常にリポビタンD中心に世の中のニーズに合わせて様々なシリーズ品を揃えてきました。しかし、世の中は激しく変化していきます。そこで新しく目につけたのが、市場の広がりを見せていたゼリー飲料でした。「リポビタンDだからこそできる栄養の配合などがあるはずだ。」と考え、開発を進めている時に、まさかの宇宙とリポビタンDの運命的な出会いが!この運命的な出会いについては、次の章で紹介しますね。

宇宙とリポビタンDの出会い
 2005年、JAXA相模原キャンパスの「はやぶさ」管制室は小惑星イトカワへのタッチダウンに沸いていました。世界の注目を集めるこのミッションのLiveブログに掲載された写真にはリポビタンDが写っています。そう、運用メンバーの皆さんをリポビタンDが支えていたのです。そのことに気づいた方々がSNS上つぶやき始め、そこから一気にわーっと話題が広がっていきました。
しかし、そのことを田原さんは知りませんでした。では、なぜ田原さんの知るところとなったのでしょうか。
それは、リアルタイムでこの現象を見ていた社員から、「大変なことになっている!」と、当時社内報の担当をしていた田原さんの耳に届いたのです。今まで宇宙に関心が無く、JAXAという機関すら知らなかった田原さんも、SNS上で「宇宙開発公式飲料」と呼ばれていることを目にして、「何事だ!」と驚いたそうです。それをきっかけに、宇宙開発の現場で活躍している方々を知り、それを応援している宇宙ファンを知って、「はじめは、『何か恩返しをすることはできないかな。応援したいな。』と、部でもなくプロジェクトでもなく、いち社内報の担当者がそう思っただけ(笑)」と笑いながら話してくださいました。
それから、ずっと応援の火を消さず活動を続け、一度仕事の関係上宇宙を離れないといけなくなった際も、次の担当者にバトンを渡し、2020年2月ついにプロジェクトとして発足に至りました。応援活動を始めてから17年、地道に本業務の側、徐々に同じ思いを抱く有志で集まって活動を続けてきたそうです。「絶対自分たちが楽しくないと、世の中の人たちも応援しようとならない。苦労とか大変さは苦にならない。」と言う田原さんのお言葉がすごく印象的です。このようなマインドがあったからこそ、社内で「応援の輪」がだんだんと広がり、リポビタンJELLY FOR SPACEの完成に至ったのだと強く思います。
この運命的な宇宙とリポビタンDの出会いを、宇宙応援活動の中で知り合った人と人との奇跡的な出会いを大切にされているリポD SPACE PROJECTの皆さんを、私は心から応援したいと思います。

当時の「はやぶさ」管制室Liveブログの画像。
リポビタンD(指定医薬部外品 疲労回復、集中力の維持・改善 15才以上1日1回1本。)

最後まで読んでくださりありがとうございます。今回は、リポビタンJELLY FOR SPACEの開発秘話に焦点を当てて紹介しました。読者の皆様に田原さんやリポビタンD 宇宙応援部の皆さんの情熱が伝わっていると嬉しいです。
ちなみに、この前半部分の取材で個人的に1番好きなシーンは、田原さんが宇宙仕様のリポビタンJELLY FOR SPACEの外装にマジックテープがついていることを説明しているシーンです。
「キャップの頭にマジックテープのループ面(もじゃもじゃの方)が付いていて〜」を説明してくださる時のジェスチャーがすっっっごく可愛くて、取材動画を何回も観返しました(笑)
次回は、今回紹介しきれなかった「宇宙応援部の皆さんの熱い思い」や、「リポビタンJELLY FOR SPACEが宇宙に行く日はいつなのか」についてお届けいたします。

「キャップの頭にマジックテープのループ面(もじゃもじゃの方)が付いていて〜」を
説明してくださる田原さん


田原 陽子(たはら ようこ)
大正製薬株式会社 マーケティング本部 マーケティングPR部
リポD SPACE PROJECT

法政大学卒。大正製薬入社。企業広報部門で社内広報と対外広報を担当。2005年、小惑星探査機「はやぶさ」とリポビタンDの出会いをきっかけに、宇宙開発をめざしてがんばる方々に魅了され、この分野の挑戦を応援することを社内に働きかける。2018年より、マーケティング本部でリポビタンDのPRを担当。全国から応援メッセージを集める活動を軸とした応援活動を開始。2020年には「リポD SPACE PROJECT」を発足。宇宙探査、有人宇宙、ロケット、天文、民間企業までさまざまな分野の挑戦を広く応援している。

■リポD SPACE PROJECTホームページ
https://brand.taisho.co.jp/lipovitan/lipod/space/
■PROJECTムービー
https://youtu.be/dx10JLnhV9M
■Twitter【リポD】宇宙応援部
 https://twitter.com/Lipod_Utyu

榎木谷 海(えのきだに うみ)
総合研究大学院大学5年一貫博士課程3年。JAXA宇宙科学研究所に在籍し、赤外線天文学を専門としている。研究テーマは、銀河の形成進化と宇宙望遠鏡の装置開発。


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