THE VOYAGE 5周年カウントダウン企画『【後編】地球外生命がいるかも!?意外と知られていない、あまりにも鮮やかな「小惑星」・冥王星のおはなし』 [中澤 淳一郎]
THE VOYAGE 5周年カウントダウン企画の締めとして、6月号、7月号の2号分の紙面をいただき、JAXA宇宙研のしがない博士学生であるSpace Seedlingsの中澤淳一郎が、ただただ自分の推しの子である「冥王星」を愛でています。
前編では、惑星の定義を巡る冥王星の数奇な運命とその謎に迫る「NewHorizons」計画について、深掘ってご紹介しました。
(前編の記事はこちら)
後編では、その「NewHorizons」計画によって明らかにされた、生命探査にも繋がりうる冥王星の描像を、息を呑むほど鮮やかな写真とともにご紹介したいと思います。
この記事をご覧になったみなさまに、冥王星という天体の持つ底しれぬ魅力の一端をお伝えできれば幸いです。どうぞ最後までお付き合いください。
ちなみに冥王星は、太陽系において、小惑星帯に属さない5番目の小惑星らしいです。5周年企画にぴったりですね!(強引)
New Horizonsは何を見たかー後編ー
前編でもご紹介しましたが、2015年以降、New Horizonsは次々に華々しい成果を挙げています。これらの成果は一流の科学誌であるScience誌やNature誌でも取り上げられ、Stern et al., 2015、Moore et al., 2016では、冥王星・カロンの当時の最新の観測成果が確認できます。これらの論文では、望遠鏡から見える小さくて薄暗い天体でしかなかった冥王星が、その実、非常に鮮やかな褐色の氷に覆われた、美しくも妖しい、唯一無二の存在であることが雄弁に語られています。
図1に示した高解像度写真からは、冥王星の左半分に広がる赤褐色の領域や、右半分に特徴的なハート型の領域(スプートニク平原)が見て取れます。また、New Horizonsに搭載された分光観測装置から、冥王星の表面は主に窒素、メタン、一酸化炭素の氷からなり、特に目を引く赤い領域はメタンやエタン等の単純な有機化合物から生成するソリン等からなると分かりました。
また、冥王星の表面の高解像度写真から、冥王星は非常に多様な地形からなることが分かります(図2)。前編でも述べた通り、地上からの観測より、冥王星の表面が少なくとも窒素、メタン、一酸化炭素からなる氷に覆われていることは既に分かっていました。ただし、窒素、メタン、一酸化炭素からなる氷はファンデルワールス結合(分子間力)によって形成される氷です。高校の化学でも扱いますが、科学結合の強さランキングはファンデルワールス結合(分子間力による結合)<水素結合<共有結合の順です。したがって、窒素、メタン、一酸化炭素からなる氷は水素結合により結ばれる水からなる氷よりも幾分脆いです。そのため、窒素、メタン、一酸化炭素からなる氷では、図2のような複雑な地形を生み出すことはできません。そのため、窒素、メタン、一酸化炭素からなる氷はごく表層に存在しているだけにすぎず、地殻の大部分は水氷から成ることが推測されます。
また、図1からよく分かるスプートニク平原(右半分に特徴的なハート型の領域)は地質学的に若い窒素氷に覆われた水氷の地殻からなり、表面の氷の対流、それに伴う峰の存在や氷河の運動が証拠となり、冥王星が地質学的に活動的であると見なされるようになりました。
New Horizonsが明らかにした、2つの事実。
これらの事実は、さらに心踊る仮説へと我々を導きます。
地球外生命のゆりかご!?冥王星に内部海はあるのか
みなさんは、土星の衛星エウロパや土星の衛星エンケラドスといった天体の名前を聞いたことがあるでしょうか。こうした衛星は、表面こそ水の氷で覆われていますが、その内部には液体の水からなる内部海があり、そして地球にて生命が誕生した場所の候補とされている熱水噴出孔に似た環境が存在すると考えられています。これまでは、地球など、惑星の表面に水が存在できる「サーフェスハビタット」のみを「ハビタブルゾーン(生命が存在可能な領域)」として考え、太陽系では地球~火星付近のみと考えられていました。しかしその描像はもはや古く、近年は地熱などの惑星内部の熱源に由来して、惑星内部に海を持つような環境「ディープハビタット」についても注目されています。
Nimmo et al. (2016) では、まさに冥王星のディープハビタットに関わる報告がなされています。この論文では、スプートニク平原を今後詳細に調査することにより、内部海の存在可能性に制約を与えられる点について言及しています。スプートニク平原は冥王星の赤道付近に位置しますが、地形的に見ると、実はくぼんでいます。惑星・衛星レベルのスケールでは、一般的に、そのようにくぼんでいる地形はそうでない地形に比べて軽くなります。くぼんでいる分、「モノ」が無いわけですから、当然です。その上、スプートニク平原の表層を形作る窒素からなる氷は、地殻を形作る水の氷よりも軽いため、冥王星の他の領域よりも、さらに軽くなるはずです。しかしNew Horizonsによる探査の結果、実情はそれとは真逆でした。スプートニク平原は重いものが集まっている領域だったのです(図3)。
ではどうして、このようなことが起きるのでしょうか。この謎を解くヒントは、「天体衝突」にあります。地質学の観点より、スプートニク平原は火星や水星において、巨大な隕石や微惑星の衝突によって出来た平原と似ていることが指摘されています。そしてその場合、少々不思議ですが、冥王星にもし内部海があれば、衝突に伴って内部海が氷地殻内で持ち上がることが、天体衝突のシュミレーションによって明らかになっています。そんなわけないと思う方、僕も同じでした。ですので、イメージし易いように、iSALEという惑星科学者向けの数値流体計算コードの計算結果を図4に示します。図4から、衝突による平原地形の形成と、内部海の持ち上がりのイメージがなんとなく分かるかと思います。そして、液体の水は氷よりも重いので、この液体の水の盛り上がりこそが、本来軽いはずのスプートニク平原を重くしている可能性が示唆されました。このように、冥王星の氷の地下に海があることを仮定すると、一見不可解なNew Horizonsのデータがすっきり解釈されるのです。
冥王星を眺めて思うこと。―未知への渇望を繋いだ「THE VOYAGE」の5年間―
もちろん、現時点でわかっていることは「冥王星に海があるかもしれない」ということだけです。ただ、もしこのような内部海が冥王星に存在するとなれば、
など、疑問が溢れて止みません。これらをより詳細に検討するためには、冥王星のさらなる詳細な探査が必要でしょう。しかし、現時点の人類には、冥王星のような遥か遠方の天体に着陸し、内部海まで掘削する、といった複雑な惑星探査技術を持ち合わせていません。なので、これらの疑問が解消されるのは、こうした途方もない技術が確立するような遥か未来のことになるはずです。
そう思うと、あたかも自分が、ショーウィンドウに並ぶ豪勢な中華料理を眺めるお腹を空かせた子供のような気持ちにもなりますが、これまでの人類は、そのショーウィンドウが存在することにすら、気がついていませんでした。その事実を踏まえれば、
そんな気持ちにもなります。New Horizonsが撮影した冥王星の写真を見ていると、果てしなく遠く、とても手が届かないからこそ、そんなことばかり考えてしまうのです。しかし、手が届かないのはあくまで今だけです。10年後、20年後の人類が、皆さんが、冥王星を初めとした、太陽系内の海洋天体のサイエンスを口いっぱいに頬張って満足できる世界を作ることが、自分の世代の使命だと考えています。そのころの皆さんは、フランス料理のショーウィンドウを前にしてヨダレを垂らしていればいいわけです。
2023年7月19日で宇宙メルマガ「THE VOYAGE」は5周年を迎えました。この記事を執筆している中澤はSpace Seedlindsのメンバーとなってまだ1年の新顔ですが、この活動に対しては、自分が面白いと思うことを、宇宙の、科学のフロンティアを、未知への最前線を、わかりやすく、おもしろおかしく伝えたいと常に考え取り組んできました。この冥王星の紹介についても、どうすれば抵抗なく、難解な概念の向こう側へ皆さんを連れていき、皆さんの興味を引き出せるかに苦心しました。
Space Seedlindsのメンバーには研究者のたまごである大学院生が多く在籍しています。こうしたメンバーの多くも、「THE VOYAGE」のようなアウトリーチ活動に従事するからには、同様の苦悩に挑み続け、次の苗にバトンを繋ごうとしてくれているはずです。その精神の連続が紡いだ活動でした。
小野雅裕さんはボイジャー2号の海王星フライバイにより宇宙探査に魅了されたといいます。小野さんやSpace Seedlingsのメンバーよりもさらに先の未来を創る若い芽が、この「THE VOYAGE」の記事に湛えられている未知への渇望を養分として、たくましく育ってくれることを祈念して、擱筆と致します。
参考文献
Moore, J. M., McKinnon, W. B., Spencer, J. R., Howard, A. D., Schenk, P. M., Beyer, R. A., ... & New Horizons Science Team. (2016). The geology of Pluto and Charon through the eyes of New Horizons. Science, 351(6279), 1284-1293.
Nimmo, F., Hamilton, D. P., McKinnon, W. B., Schenk, P. M., Binzel, R. P., Bierson, C. J., ... & Smith, K. E. (2016). Reorientation of Sputnik Planitia implies a subsurface ocean on Pluto. Nature, 540(7631), 94-96.
Nimmo, F., Umurhan, O., Lisse, C. M., Bierson, C. J., Lauer, T. R., Buie, M. W., ... & Ennico, K. (2017). Mean radius and shape of Pluto and Charon from New Horizons images. Icarus, 287, 12-29.
Stern, S. A., Bagenal, F., Ennico, K., Gladstone, G. R., Grundy, W. M., McKinnon, W. B., ... & Zangari, A. M. (2015). The Pluto system: Initial results from its exploration by New Horizons. Science, 350(6258), aad1815.
Stern, S. A. (2009). The New Horizons Pluto Kuiper belt mission: an overview with historical context. New Horizons, 3-21.
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