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THE VOYAGE 5周年カウントダウン企画『【前編】地球外生命がいるかも⁉意外と知られていない、あまりにも鮮やかな「小惑星」・冥王星のおはなし』 [中澤 淳一郎]

 この記事のタイトルをご覧になって、驚きがあった方も多いのではないでしょうか。
 「冥王星って小惑星だったの??」
 「生命がいるかもってどういうこと!?」
2006年までは太陽系第9惑星だったこの星も、平成生まれの自分には馴染み深いですが、令和に生きる小学生からは、
 「冥王星ってなんやねん!!」
そんな声すら聞こえてくる気がしてしまいます。
 しかしこの冥王星、その実態は見る者を虜にするほど鮮やかで、その一方で甘美な謎を孕む、非常に神秘的で奥深い天体なのです。

 THE VOYAGE 5周年カウントダウン企画の締めとして、6月号、7月号の2号分の紙面をいただき、JAXA宇宙研のしがない博士学生であるSpace Seedlingsの中澤淳一郎が、ただただ自分の推しの子である「冥王星」を愛でていきます。
 前編では、惑星の定義を巡る冥王星の数奇な運命と、冥王星の謎に迫るNASAの探査ミッション「NewHorizons」計画について、深掘っていきたいと思います。
 一方で後編では、その「NewHorizons」計画によって明らかにされた、生命探査にも繋がりうる冥王星の描像を、ため息が出るほど鮮やかな写真とともにご紹介したいと思います。

この記事をご覧になったみなさまに、冥王星という天体の持つ底しれぬ魅力の一端をお伝えできれば幸いです。どうぞ最後までお付き合いください。
ちなみに冥王星は、太陽系において、小惑星帯に属さない5番目の小惑星らしいです。5周年企画にぴったりですね!(強引)

現在の冥王星の扱い

 先程ちらりと触れましたが、私が小学三年生で、映画ドラえもん「のび太の恐竜 2006」が公開される頃、国際天文学連合(IAU)の総会にて「惑星」という言葉の再定義がなされました。その結果、冥王星は太陽系の「惑星」の座を剥奪され、「準惑星」に分類される事になっています。このニュースがテレビで連日報道されていたことを、子供ながらにうっすらと覚えているような気がします。ここで言う「準惑星」とは、省き倒せば、

1. 太陽を周回している
2. 自己重力によってほぼ球形を保っている
3. 衛星ではない

天体のことです。これに、「その軌道近くから他の天体が排除されている」という条件が加われば、それは「惑星」の定義なのですが、冥王星はその条件を満たしていませんでした。そのことが分かったのは、冥王星の発見当時には分からなかった遠い彼方の世界の描像が、人類の望遠鏡技術の発展により少しずつ明らかになったためでした。
 冥王星は準惑星として再分類されたあと、小惑星の一覧にも記載され、小惑星番号「134340」が与えられています。

 ちなみに、韓国の人気アイドルグループである防弾少年団(BTS)はこのような惑星の定義を巡る数奇な運命を辿った冥王星を題材にした、「134340」という楽曲をリリースしています。この楽曲は、8つの惑星を従える太陽を女性に見立て、惑星から陥落した冥王星を恋人候補からも追い落とされた男性として、そのセンチメンタルを冥王星に関わるキーワードを散りばめながら描写するという、とても挑戦的な構成です。恥ずかしながら筆者に韓国語のリテラシーは皆無ですが、アンニュイな曲調に切なさの残るリフが不思議と耳に心地の良い、とても素敵な曲だと思っています。神話やおとぎ話も、いつかの誰かがこのように思索を巡らせて生まれたのだろうか、、、そんなことを考えながら聞いてみるのもまた一興です。

冥王星探査計画・New Horizons

 そんな2006年、NASAのニューフロンティア計画に名を連ねる、人類初の冥王星探査機・New Horizonsが打ち上げられました。New Horizonsは2007年に木星をフライバイ。この後の2015年に、はるか40AU(太陽と地球の距離の40倍)の彼方にある冥王星をフライバイ観測しています。
 New Horizons以前は、冥王星系を対象とした探査が行われてた例はありませんでした。そのため、当時冥王星の情報は、地上望遠鏡により得るしかなかったという背景があります。地上からの観測により、冥王星の表面が窒素、一酸化炭素、メタンからなる氷に覆われていることは分かっていました。しかし、冥王星は特に遠方の暗い天体であるため、地上望遠鏡からの観測で得られる情報には限りがあり、また冥王星自身の大気の存在に邪魔をされ、冥王星の半径すら正確に測定できないという状況でありました(Nimmo et al., 2017)。
 したがって、New Horizonsでは冥王星に関する惑星科学の基礎的な情報から調査する必要がありました。そのためNew Horizonsは、木星探査機Galileoや土星探査機CassiniのようなNASAのフラッグシップ級の大型探査機で対象天体を周回する詳細かつ精密な探査ではなく、中型探査機により対象天体をフライバイする、先遣的な探査となっています。
 New Horizonsミッションについてその全容を示しているSterm et al., 2009によると、そのサクセスクライテリアは大きく分けて、

ミニマムサクセス  :最低限これは達成したいレベル
▶冥王星とその衛星カロンについて、地質学、形態学的なデータを集める

フルサクセス    :ここまでできれば十分!レベル
▶冥王星とその衛星カロンについて、地表や大気の物質組成、温度を調べる
地表や大気の物質組成、温度の観点から特徴的な領域の高解像度撮影を行う

エクストラサクセス :え、ここまで出来ちゃっていいんですか!?レベル
▶冥王星とその衛星カロンについて、半径や質量、密度を正確に決定する
冥王星の未発見の衛星やリングを捜索する

 というように整理されています。これらの目標を達成するため、New Horizonsには、高解像度カメラや赤外/可視分光計をはじめとした4つの科学機器が搭載されています。今までは望遠鏡で仰ぎ見ることしかできなかった人跡未踏の天体に対して、New Horizonsはこのような作戦で探査を行いました。

(図1)人類初の冥王星探査機・New Horizons。
冥王星に関する惑星科学の基礎的な情報を調査するため、高解像度カメラや赤外/可視分光計をはじめとした4つの科学機器が搭載されています。©NASA

New Horizonsは何を見たかー前編ー

 2015年以降、New Horizonsは次々に華々しい成果を挙げています。これらの成果は一流の科学誌であるScience誌やNature誌でも取り上げられ、Stern et al., 2015、Moore et al., 2016では、冥王星・カロンの当時の最新の観測成果が確認できます。これらの論文では、望遠鏡から見える小さくて薄暗い天体でしかなかった冥王星が、その実、非常に鮮やかな褐色の氷に覆われた、美しくも妖しい、唯一無二の存在であることが雄弁に語られています。

図2 Stern et al., 2015より、冥王星とその衛星であるカロンの高解像度写真 ©NASA

ああ、息を呑むほど美しい。

 図2に示した高解像度写真からは、冥王星の左半分に広がる赤褐色の領域や、右半分に特徴的なハート型の領域(スプートニク平原)が見て取れます。冥王星の紅に白く浮かぶハート模様のスプートニク平原は、私にロマンチックな物語を生むインスピレーションを与えてくれます。それこそ、防弾少年団(BTS)の「134340」をオマージュするならば、太陽からはるか遠方の極寒の世界で、あなたに見捨てられ白く燃え尽きた恋心、といったところでしょうか。ああでもないこうでもない、きっとこんな登場人物がいてこんな物語があって、この形がこの場所にできたんだろう。そんな妄想の舞台を、冥王星は多分に提供してくれるのです。

 また、冥王星の魅力はその物語性だけではありません。New Horizonsに搭載された分光観測装置から、冥王星の表面は主に窒素、メタン、一酸化炭素の氷からなり、特に目を引く赤い領域はメタンやエタン等の単純な有機化合物から生成するソリン等からなると分かりました。これだけ大量の有機物を見てしまうと、地球外生命の存在を想像せずにはいられません。

(New Horizonsは何を見たかー後編ーに続く)

 まだまだ語り尽くせない、冥王星の魅力。来月号の後編では、「NewHorizons」計画によって明らかにされた、生命探査にも繋がりうる冥王星の描像をご紹介したいと思います。
 THE VOYAGE 5周年カウントダウン企画の締めとして、来月も私と一緒に、見果てぬ夢を語りましょう。

中澤淳一郎
総合研究大学院大学5年一貫博士課程3年。JAXA宇宙科学研究所にてアストロバイオロジーを志し、宇宙生命探査のためのサンプラー開発に従事している一方、個人的興味から彗星の爆発現象やダイオウイカの生態についても研究している。宇宙生命探査の探査対象天体であるエウロパやエンセラダスといった海洋天体について解説するYoutubeチャンネルも運営中。(https://twitter.com/Hitchhike_guide?t=_lfWIi0X9a3ni9-Li5O-qw&s=09

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