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「宇宙×防災」で創る新たな事業 – 防災食編[葛野 諒]

はじめに、此度の静岡県熱海市にて土砂災害被害に遭われた方々並びにそのご親族の皆様に心よりお見舞い申し上げます。皆様の安全と、被災地の一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。まさに本記事の執筆中の出来事であり、災害に対する備えの必要性を改めて認識させられました。今号から連載される本記事が、少しでも読者の皆様の防災意識向上に繋がれば幸いです。

JAXAの共創型研究開発プログラム「宇宙イノベーションパートナーシップ/J-SPARC」。そのJ-SPARCから生まれた「宇宙×防災」をキーワードとする新事業について、J-SPARCプロデューサーであるJAXA 新事業促進部 菊池優太 様にSpace Seedlings葛野がお話を伺ってきました。

JAXAと民間企業の共創から生まれる「宇宙×〇〇」

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葛野(Space Seedlings 以下SS):今回お話される「防災×宇宙」の新事業はどのようにして生まれたのでしょうか。

菊池さん:近年、民間企業による宇宙ビジネスが世界中で非常に盛り上がっています。そんな中、JAXAではこれまでの研究開発成果や持っている技術・アイデアを、民間のビジネスに活用していただく取り組みを進めています。J-SPARCでは、JAXAと民間企業が企画段階から議論し、新事業を創出することを目指しています。今回紹介する「宇宙×防災」事業もこのJ-SPARCから生まれました。

今では約50種類!進化する宇宙日本食

菊池さん:宇宙日本食についてはご存知でしょうか?

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キューポラ(観測窓)で撮影された宇宙日本食のおにぎり鮭(加水後) ©JAXA/NASA

SS葛野:名前を聞いたことはあります。

菊池さん:最近では、野口聡一宇宙飛行士がYouTubeで宇宙日本食をアップされていました。

宇宙食は有人飛行初期のチューブ状のものから少しずつ進化し、今では様々な種類があります。アメリカ・ロシアでは標準食として約300種類の宇宙食が用意されています。宇宙日本食はこれまで、日本人宇宙飛行士滞在時のボーナス食として日本の食品メーカーさんに準備していただくことで生まれてきました。今では宇宙日本食は50種類近くあります。例えば、日清のラーメンや、最近ですとローソンのからあげクンがこれまで宇宙に行っています。さらには福井県の高校生が作られたサバ缶が宇宙食になるなど、本当に多様です。現在JAXAでは、宇宙日本食の標準食化に向けた検討をNASAや各メーカーと進めております。

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宇宙日本食(左) スペースからあげクン(右) © JAXA

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福井県立若狭高等学校開発の宇宙日本食鯖缶 © JAXA/NASA

JAXA Youtubeチャンネル ― 宇宙日本食で目指す社会

「食」の衛生基準の基礎を作ったのは宇宙食?

菊池さん:宇宙食の課題は保存性です。JAXAの宇宙日本食認証制度では約1.5年の保存期間を要件としています。

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宇宙日本食の認証食品マーク(左)と搭載同等品マーク(右) © JAXA

これまで様々な企業がこの認証基準に挑戦し、技術開発を行ってきました。私たちがよく知るレトルトやフリーズドライの技術も実はこのような宇宙食開発の歴史とともに進化したと言われています。実は、一般的な食品衛生ルールであるHACCP(ハサップ)も、NASAの非常に厳しい宇宙食の衛生基準から生まれたものなんです。また、宇宙食開発で生まれた技術は、災害時の食にもそのまま応用できます。実際、「日本災害食」という認証制度は、宇宙日本食の認証基準を参考にして作られたものだったりします。

SS葛野:宇宙食は、地上の食とも深く繋がっているんですね!

「防災食」と「宇宙食」のデュアルユースを目指す

菊池さん:これまで防災食と宇宙食は技術的に似通っているにも関わらず、別々に開発されていました。そうではなく、宇宙にも防災にも活かせる一つの食品を作れないかと考え、この取り組みが始まりました。私たちは「デュアルユース」という視点を色々な研究開発の中で意識しています。この取り組みも、「宇宙を目指すと同時に地上の課題も解決する」というデュアルユースの発想で生まれました。このような考え方は、災害大国と言われる日本の新しい防災ソリューションとして、大きな意味を持つと考えています。

3.11で見つけた「防災」と「宇宙」の共通課題

菊池さん:一番大事なことは「それぞれの現場でどんな共通課題があるか」です。我々は防災面のパートナー企業として、株式会社ワンテーブルさんと一緒に取り組んでおります。ちなみに葛野さんの出身は東北ですか。

SS葛野:はい。秋田県出身で、3.11のときは秋田にいました。

菊池さん:そうなんですね。まさに今年、東日本大震災から10年という節目の年ですが、ワンテーブルさんも当時、現地で震災を経験されています。
そこでは「右手におにぎり、左手にサンドイッチ」のような状態が当たり前で、栄養の偏りが深刻だったそうです。野菜も殆ど流通せず、ビタミン不足が原因で体調を崩されたという話もありました。さらには、乾パンを食べられない小さい子やお年寄り向けの食品が無かったことも大きな問題になりました。そこで、小さい子やお年寄りでも食べられ、かつ栄養素も補給できるものをということで、ワンテーブルさんが開発されたのがこちらの防災ゼリー「LIFE STOCK」です。

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ワンテーブルが開発した「LIFE STOCK」 © ワンテーブル
左からバランスタイプとエナジータイプのペアー(洋なし)味、グレープ味

ゼリーは水を含むため細菌が増えやすく、長期間持たせるには技術が必要になります。一般的なゼリーの保存期間は長くて1年ちょっとですが、自治体で保管する備蓄食はコスト面などの制約もあり約5年の保存期間が求められることが多いそうです。この防災ゼリーは開発の結果、常温で賞味期限5年半を達成されています。また、忙しい宇宙飛行士でもぱっと栄養補給できることは重要です。もちろん同じニーズは地上で働く私たちも持っています。

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© ワンテーブル

パッケージに込められた「災害時の配慮」

ゼリーには色んな種類がありまして、ビタミン補給タイプの他、乾パンと同程度のカロリーを補給できるタイプ、ムーンショットレモン味なんていうのもあります(笑)

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「LIFE STOCK」ムーンショットレモン味(左)とスターダストラムネ味(右) © ワンテーブル

SS葛野:かわいいパッケージですね。

菊池さん:避難所にいる方は不安を感じやすいため、食事に対する様々な配慮がとても大事だと思うんですよね。親しみやすいパッケージや、宇宙食でもあるということが、災害時の不安を和らげたり気分展開に少しでも役立つことができたらと考えています。

SS葛野:たしかに食べ物の親しみやすさは大事ですね!

毎日のおやつに防災ゼリーを

SS葛野:お話を聞いていると、普段のおやつでこのゼリーを食べたいなって思いました(笑)

菊池さん:それはとても良いポイントですね。備蓄食が普段から食べられることは非常に重要です。備蓄食が家や会社に備えられていても、どこにあるかよく分からない、というのが実態だと思うんですよね。備蓄食を普段の食生活に取り込むことは、保管場所はもちろん、味や食べ方を事前に知るのにうってつけです。企業さんの立場としては、5年に1回しか売れない商品だと困りますしね(笑)。

日常でも食べやすいものを、ということで共創活動を通じて作られたのが宇宙飛行士パッケージもある水分補給タイプの備蓄ゼリーです。宇宙では、無重力が原因で水の乾きが地上よりも感じづらくなることがあります。これによる脱水症状を防ぐため、宇宙飛行士はこまめに水分を取る必要があります。これはもちろん地上の熱中症対策にもあてはまります。夏の屋外スポーツ、炎天下作業の際にぱっと水分補給ができるよう、防災ゼリーを自分のバックに常に一つ入れておく習慣があると非常にいいなと思います。

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水分補給ゼリー「LIFE STOCK WaterBreak」 © ワンテーブル

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毎日の生活に防災ゼリーを。 © ワンテーブル

私たちもたくさんの方々に色々なケースで使ってもらうことを目指しています。

SS葛野:とてもよく分かりました。普段から食べて慣れ親しんでおくことで、災害時の安心感は大きく変わりそうですね。非常時の備えという印象が強い防災ですが、むしろ「普段の生活の延長線上」として捉え、気負わず防災に取り組むことが必要なんだと、改めて考えさせられました。菊池さん、貴重なお話ありがとうございました!

菊池さんは月刊スピリッツにて連載されている漫画「宇宙めし!(小学館)」で登場されている「菊原さん」のモデルにもなっているとか!今回のお話で宇宙食に興味を持った方はこちらもぜひ読んでみてください!

次回は、「宇宙×防災×教育」の新たな事業について伺ったお話をご紹介します!


出典:
宇宙日本食 | JAXA 有人宇宙技術部門
宇宙日本食の申請について | JAXA 有人宇宙技術部門
宇宙日本食で目指す社会 - JAXA YouTubeチャンネル
LIFE STOCK – ライフストック
日本の味が、宇宙開発を支える | ファン!ファン!JAXA!

使用画像:
JAXAデジタルアーカイブス | 検索結果 ー キューポラ(観測窓)で撮影された宇宙日本食のおにぎり鮭(加水後) ©JAXA/NASA
JAXAデジタルアーカイブス | 検索結果 ー 宇宙日本食
JAXAデジタルアーカイブス | 検索結果 - 鯖缶
JAXAデジタルアーカイブス | 検索結果 - スペースからあげクン
JAXAデジタルアーカイブス | 検索結果 「きぼう」船内実験室(PM)の窓で撮影された宇宙日本食のサバ醤油味付け缶詰


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菊池 優太(きくち ゆうた)
国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA)
新事業促進部 事業開発グループ J-SPARC プロデューサー
/ 一般社団法人 SPACE FOODSPHERE 理事

人間科学分野の大学院修了後、JAXA入社。主に非宇宙系企業の宇宙ビジネス参入に向けた新規事業や異分野テクノロジーとの連携企画に加え、共創型プログラム「宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)」の立ち上げ・制度設計に従事。現在は、J-SPARCプロデューサーとして、主に宇宙旅行・衣食住ビジネス、コンテンツ・エンタメビジネス等に関する民間企業等との共創活動を担当。地球と宇宙に共通する食の課題解決に取り組む一般社団法人SPACE FOODSPHEREでは理事を務める。

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葛野 諒(くずの りょう)
東北大学大学院 工学研究科 航空宇宙工学専攻 博士前期課程1年

【専門・研究・興味】
宇宙エレベーター/宇宙テザーなど宇宙空間における柔軟構造物の研究

【活動】
復興応援団
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